ホリショウのあれこれ文筆庫

歴史その他、気になった案件を綴ってみました。

2023-01-01から1ヶ月間の記事一覧

第587話 三十六計逃げるに如かず

序文・逃げるが勝ち 堀口尚次 『兵法三十六計』は、中国の魏晋南北朝時代の兵法書。兵法における戦術を六系統・三十六種類に分類した内容である。著者は南北朝時代の南朝宋の将軍檀道済(たんどうせい)。「三十六計逃げるに如(し)かず」の語源である。 1941年…

第586話 清水次郎長親分

序文・仏に官軍も賊軍もない 堀口尚次 清水次郎長(しみずのじろちょう)、文政3年 - 明治26年は、幕末・明治の侠客、博徒、実業家。本名、山本長五郎。米問屋山本次郎八の養子。養家没落に伴い博徒となり、やくざ仲間で名をあげて清水に縄張りをもち、次郎長…

第585話 やん衆

序文・ニシン漁の季節労働者 堀口尚次 テレビのBS番組で、高倉健の「網走番外地・さいはての流れ者」を観た。その中で聞きなれない言葉があった。調べてみると漁師のことを「やん衆〈やんしゅ〉」と呼称していることがわかった。北海道でのニシン漁の季節…

第584話 「やじ」は議場の華?!

序文・「やじ」と「罵声」は違う 堀口尚次 やじは、他人の言動に対して非難や冷やかしの言葉を浴びせかける行為、およびその発言である。動詞化させて「やじる」という言い回しも用いられる。議会、スポーツ試合、劇場公演など様々な場で発言の合間を縫うよ…

第583話 家康の伯父・水野信元

序文・織田と松平の狭間で 堀口尚次 水野信元は、天文12年、父・忠政の死去を受け水野宗家の家督を継ぎ、尾張国知多郡東部および三河国碧海郡西部を領した。異母妹に於大の方がおり徳川家康の伯父にあたる。 父・忠政は松平氏とともに今川氏についていたが、…

第582話 御陵衛士と佐野七五三之助

序文・新選組えお袂を分かつ 堀口尚次 御陵衛士(ごりょうえじ)は、孝明天皇の陵を守るための組織。高台寺党とも〈高台寺塔頭(たっちゅう)の月真院を屯所としたため〉。 慶応3年に伊東甲子太郎が思想の違いから新選組を離脱、志し同じ者を新選組から引き抜い…

第581話 そうせい候・毛利敬親

序文・聞く耳を持っていた藩主 堀口尚次 毛利敬親(たかちか)は、江戸時代後期から明治時代初期の大名。毛利氏27代当主。長州藩13代藩主。幕末の混乱期にあって有能な家臣を登用し活躍させ、また若い才能を庇護(ひご)することで窮乏(きゅうぼう)していた長州…

第580話 於大の方と椎の木屋敷

序文・政略結婚 堀口尚次 水野氏は、戦国時代には三河国刈谷城主であり、徳川家康の母・於大の方〈伝通院〉の実家にあたり、桶狭間の戦い後に家康に仕えた。江戸時代には譜代大名の一つだった。しばしば幕府の老中を出し特に天保の改革の水野忠邦が著名。 水…

第579話 西郷頼母の生き様

序文・国家老の本分 堀口尚次 西郷頼母(たのも)は、家督と家老職を継いで藩主・松平容保に仕えた。文久2年、幕府から京都守護職就任を要請された容保に対し、政局に巻き込まれる懸念から辞退を進言したために、容保の怒りを買う。その後も、藩の請け負った京…

第578話 天中殺

序文・天が味方しない時 堀口尚次 天中殺(てんちゅうさつ)とは、四柱推命(しちゅうすいめい)〈中国で陰陽五行説を元にして生まれた人の命運を推察する方法〉と算命学〈中国に発祥した干支暦をもとに、年と月と日の干支を出して、人の運命を占う中国占星術、…

第577話 徳川宗家第16代当主・徳川家達の運命

序文・世が世なら将軍様 堀口尚次 德川家達(いえさと)、文久3年 - 昭和15年は、日本の政治家。徳川宗家第16代当主。もとは御三卿の田安徳川家第7代当主で、静岡藩の初代藩主。幼名は亀之助。号は静岳。位階・勲等・爵位は従一位大勲位侯爵。世間からは「十六…

第576話 苗木藩の禍根

序文・行き過ぎた廃仏毀釈 堀口尚次 苗木藩は、現在の岐阜県中津川市苗木に存在した、最小の城持ちの藩。居城は苗木城。美濃国の恵那郡の一部と賀茂郡の一部を領地としていた。 藩政においては小藩ゆえの、幕府の相次ぐ手伝い普請や軍役などにより、財政窮乏…

第575話 厭離穢土 欣求浄土

序文・松平家菩提寺 堀口尚次 「厭離穢土(おんりえど) 欣求浄土(ごんぐじょうど)」の言葉は戦国時代、徳川家康の馬印〈戦場や行軍で自分の位置を示したり、味方の士気を鼓舞するため、軍旗のほかに用いた、木や竹などの柄を付けた装飾物〉に用いられたことで…

第574話 大高城と対峙した丸根砦と鷲津砦

序文・桶狭間の戦いの前哨戦 堀口尚次 大高(おおだか)城は、尾張国知多郡大高村〈現在の名古屋市緑区大高町〉にあった日本の城。桶狭間の戦いの前哨戦として、当時今川義元の配下であった松平元康〈後の徳川家康〉が「兵糧入れ」をおこなったことで名高い。…

第573話 天誅組と刈谷藩

序文・勤皇と佐幕の狭間で 堀口尚次 天誅(てんちゅう)組は、幕末に公卿・中山忠光を主将に志士達で構成された尊皇攘夷派の武装集団。その活動は文久3年8月17日の大和国五條代官所討ち入り〈挙兵〉から、幕府の追討を受け転戦してのち、同年9月24日~27日大和…

第572話 松平郷

序文・徳川家のルーツ 堀口尚次 松平郷は、三河国の戦国大名から江戸幕府の将軍家へと発展する松平氏・徳川氏の発祥地の郷である。巴川〈足助(あすけ)川〉東岸の山地の中の小集落で、三河国加茂郡に属し、現在の愛知県豊田市松平町にあたる。一帯に残る館跡…

第571話 徳川家康の継父・久松俊勝

序文・於大の方が再嫁したところ 堀口尚次 久松俊勝は、戦国時代の武将。尾張国知多郡の坂部城主〈阿久比城:愛知県阿久比町卯坂〉。初名は定俊及び長家。徳川家康の生母・伝通院〈於大の方〉の再婚相手として知られる。佐渡守を称した。『東照宮御実紀』巻二…

第570話 征夷大将軍=大樹

序文・岡崎城にほど近い大樹寺 堀口尚次 大樹寺は、愛知県岡崎市鴨田町にある浄土宗の寺院。 徳川氏〈松平氏〉の菩提寺であり、歴代当主の墓や歴代将軍の位牌が安置されている。正式には成道山松安院大樹寺と称する。 応仁元年8月23日、尾張品野、三河伊保の…

第569話 徳川(松平)と竹千代

序文・14名いた竹千代 堀口尚次 始まったばかりのNHKの大河ドラマ「どうする家康」でいきなり疑問がわいた。徳川家康の幼少名が「竹千代」なのは周知のことだったが、家康の長男・松平信康も竹千代と呼ばれているではないか!調べてみると、安祥松平家及…

第568話 松平元信の正室・築山殿(瀬名姫)

序文・今川と松平のはざまで 堀口尚次 1月8日に始まったばかりの、今年のNHK大河ドラマ「どうする家康」で登場した「瀬名姫」について調べました。 徳川家康の正室。築山殿の実名は不明である。テレビや小説などでは瀬名(せな)の名があてられるが、当時の…

第567話 開削された対馬

序文・海軍の都合で開削された 堀口尚次 私は、対馬といえば日本海に浮かぶ朝鮮半島に近い島で、沖縄のような一つの島であるイメージであったが、今回人工的に開削された島であることがわかった。 主島は対馬島で、このほか属島として6つの有人島と102の無人…

第566話 行方不明の北京原人

序文・日本軍の関与は? 堀口尚次 北京原人は、中国北京市竜骨山の森林で発見された化石人類である。学名はホモ・エレクトス・ペキネンシス。2015年現在はホモ・エレクトスの亜種として扱われる。北京原人を含むホモ・エレクトスが生きていた時代は更新正中…

第565話 上杉鷹山と吉良上野介の関係

序文・格式が贅沢を助長したのか 堀口尚次 米沢藩の4代藩主上杉綱憲(つなのり)は、旗本〈高家肝煎(きもいり)=公家接待の最高職〉吉良上野介義央(よしひさ)の実子〈長男〉で、上杉家に養子入りする。綱憲の孫にあたる8代藩主上杉重定に世継ぎがなく、婿養子…

第564話 松平に翻弄された於大の方

序文・徳川家康の母 堀口尚次 於大(おだい)の方(かた)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての女性。岡崎城主松平広忠の正室で、徳川家康の母。晩年は伝通院と称した。 享禄元年、尾張国知多郡の豪族・水野忠政とその妻・華陽院(けよういん)〈於富の方→駿府…

第563話 三河一向一揆

序文・松平家康の苦悩 堀口尚次 三河一向一揆は、戦国時代に三河国の西三河全域で永禄6年から永禄7年まで半年ほど行われた一向一揆である。松平家の支配下にはなく曹洞宗の勢力が強かった東三河は該当しない。現在の安城市野寺の本証(ほんしょう)寺第十代・…

第562話 斗南藩の因縁と軋轢

序文・会津藩の最期 堀口尚次 斗南(となみ)藩は、明治2年11月3日に前会津藩主・松平容保の嫡男・容大に家名存続が許されて成立した、七戸藩を挟む形で現青森県の東部にあった藩である。 ただし、旧会津藩士4700名余が謹慎を解かれたのは翌年の明治3年1月5日…

第561話 左義長

序文・宮中から民間習俗へ 堀口尚次 左義長(さぎちょう)とは、小正月に行われる火祭りの行事。地方によって呼び方が異なる。日本全国で広く見られる習俗である。 1月14日の夜または1月15日の朝に、刈り取り跡の残る田などに長い竹を3、4本組んで立て、そこに…

第560話 厄年と還暦

序文・日本の風習 堀口尚次 厄(やく)年は、日本などで厄災が多く降りかかるとされる年齢である。科学的な根拠は不確かで、陰陽道由来とされるものの出典は曖昧である。平安時代の書物には見られ、旧来から根強く信じられている風習である。 一般的に男性と女…