ホリショウのあれこれ文筆庫

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第217話 特殊潜航艇の悲劇と軍の隠匿

序文・トラトラトラのその裏で

                               堀口尚次

 

 特殊潜航艇とは、敵海軍の泊地(はくち)〈日本語では港湾において船舶を停泊させる水域とされるが、英語では特定のエリアではなく港湾全体を指す場合もある〉襲撃や、工作員潜入などに使われる軍用潜水艇・小型潜水艦。

 「甲標的(こうひょうてき)」という名称の艇が、大日本帝国海軍日本海軍〉において最初に開発された特殊潜航艇である。

 1941年12月の真珠湾攻撃甲標的の初陣となった甲標的の最先任搭乗員である岩佐大尉が開戦劈頭(へきとう)〈冒頭〉に敵の港湾にひそかに侵入して攻撃する実行案を立てて、母艦の「千代田」艦長の原田に申し出て、数回陳情して採用に至った。1941年11月1日、甲標的の部隊は、首席参謀の発案で「特別攻撃隊」と第六艦隊長官の清水によって命名された。〈後の神風特攻隊とは別物〉

 真珠湾攻撃作戦に参加した際で、5隻が大型潜水艦に搭載されて湾口近くに進出、湾内に侵入して空からの攻撃に呼応し、全艇撃沈されるか自沈し戦果はなかったが、乗組員10人は「軍神」の称号を与えられた。〈のち1人は捕虜となっていたことが判明〉

 当時大本営は、潜航艇が戦艦アリゾナを撃沈したと発表したが、戦後になって、真珠湾の海底で3つに解体された潜水艦が発見された。潜水調査の結果、真珠湾攻撃で出撃した日本軍の特殊潜航艇であることが確認された。しかし近年、情報操作が秘められていたことが明らかになってきた。真珠湾での潜水撮影、日米海軍の証言から、国家の戦略に翻弄(ほんろう)された特殊潜航艇搭乗員の悲劇が窺(うかが)える。

 「ワレ奇襲ニ成功セリ・トラトラトラ」の打電で有名な、飛行隊隊長の淵田大佐の回想録によれば、アリゾナの轟沈が飛行隊によることは皆知っていたが、特殊潜航艇を「軍神」として宣伝するため、手柄を譲るように求められたという。戦意高揚のプロパガンダであったというのだ

 作戦に参加した酒巻さんは機器の故障で座礁。米軍に捕まり、終戦まで収容所で過ごした。「捕虜は国の恥」とされた時代。戦死した9人が戦意高揚のため「九軍神」とたたえられた一方、軍は酒巻さんの存在を秘匿した。酒巻さんの実弟松原さんは、42年1月に海軍将校が「戦死」を伝えに、家を訪ねてきたのを覚えている。しばらくして別の将校が来て、「生死不明。他言しないように」と求めたという。軍による情報操作は、こうして戦意高揚に利用されたのだ。

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