ホリショウのあれこれ文筆庫

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第447話 割腹した阿南惟幾陸軍大臣

序文・陸軍大臣としての責任を全う

                               堀口尚次

 

 阿南惟幾(あなみこれちか)は、陸軍軍人。陸軍大臣勲一等攻三級。昭和20年4月に鈴木貫太郎内閣の陸軍大臣に就任。太平洋戦争末期に降伏への賛否を巡り混乱する政府で本土決戦への戦争継続を主張したが、昭和天皇聖断によるポツダム宣言受諾が決定され、同年8月15日割腹自決。日本の内閣制度発足後、現職閣僚が自殺したのはこれが初であった

 遺書には「一死以て大罪を謝し奉る 昭和二十年八月十四日夜 陸軍大臣 阿南惟幾 【花押】 神州不滅を確信しつつ」と記されていた。「大罪を謝し奉る」とは、日中戦争から太平洋戦争に至る時代の指導者は陸軍軍人で、太平洋戦争責任の「大罪」は陸軍が負うべきと阿南は考えており、陸軍最後の責任者である自分の死をもって「謝し奉る」覚悟を記したものであった。辞世の句には「大君の深き恵に浴みし身は 言ひ遺こすへき片言もなし」とあり、これは昭和13年の第109師団長への転出にあたり、昭和天皇と2人きりで陪食した際に、その感激を詠ったものである。

 阿南はひとり縁側で割腹した。義弟の竹下はそのとき、宮城事件の報告に来訪した憲兵司令官大城中将と面談していたが、真っ先に自決現場に駆け付けた林から阿南自決の事実を知らされると、すぐに阿南の元に戻った。既に阿南は割腹しており、左手で頸動脈を探っている状況であった。竹下が介錯を申し出たが、阿南は「無用、あっちに行け」と竹下を遠ざけた。その後、竹下は陸軍次官の若松からかかってきた電話に応対してから、阿南の様子を見に戻ったが、既に阿南は意識不明の様子で、弱い呼吸音だけが聞こえる状況であったので、竹下は阿南の手から短刀をとると、右頸部を深く切り込んで介錯した。その頃、井田は官邸の庭の土の上に正座し、阿南がいる縁側の方を仰ぎ見ながら泣いていた。

 阿南を主人公的に描いた、半藤一利の『日本のいちばん長い日 決定版』を原作とし、これまで劇場用映画が2つ製作公開された。岡本喜八監督による1967年版〈製作・配給東宝〉と原田眞人監督による2015年版〈製作・配給松竹〉がある。