ホリショウのあれこれ文筆庫

歴史その他、気になった案件を綴ってみました。

第520話 ダイダラボッチ

序文・琵琶湖を掘って富士山にした?!

                               堀口尚次

 

 ダイダラボッチは、日本の各地で伝承される巨人。類似の名称が数多く存在する。山や湖沼を作ったという伝承が多く、元々は国づくりの神に対する巨人信仰がダイダラボッチ伝承を生んだと考えられている〈鬼や大男などの妖怪伝承が巨人伝承になったという説もある。〉

 私の地元愛知県東海市の南側に加木屋町陀々法師(だだぼうし)という地名があり、ダイダラボッチが歩いて移動する際に出来た足跡が池になったとして伝説が残っている。この「足跡池」(「陀々法師池」ともいう)は名古屋鉄道八幡新田駅の南方100m辺りにあったが、1986~1987年(昭和61~62年)頃に埋め立てられた。

 吉田弘編著『続々知多のむかし話』には、東海市加木屋町に伝わる「陀々法師」の次のような昔話が収録されている。『大男が、渥美半島から三河湾をひとまたぎして知多へもやってきました。そして、いくつかの足跡を残して伊勢の海を越えて鈴鹿の山の方へ消えて行きました。そのときの足跡が、今の名鉄河和線の八幡新田駅と半田街道をはさんで向かい合っている池として残っているのだそうです。これは、大男の左足の跡で、右足のは、そこからさらに北方の富木島町の姫島あたりにあったようです。ちょうど今の東海市あたりを通り過ぎていったので、この地方に「陀々法師」の地名がつけられたものだということです。』
 「横須賀広報」の「本町今昔譚①故事伝説をたずねて」の「陀々法師池」という記事は次の通りである。この池の名前が「陀々法師池」であることを紹介し、広さは三畝〈=約300㎡〉ほどという。『大字加木屋に陀々法師という変つた地名がある、俗称でなく正しい小字名で、所は名鉄河和線八幡新田駅北一帯、ここに三畝ほどの池があつて、陀々法師池と名ずけられ、陀々法師の足跡が池になつた、といい伝えられている。陀々法師は大太法師のことで、仏教から来た大太発智〈だいだぼつち〉の意味、平家物語巻八に「豊後の国に大太夫というものの娘、大蛇と通じて男子を生む、七才にして元服、大太という」とあり、相模地方の伝説にも「だいだぼつち、とて鬼神の如き大男住み、富士の山を背負はんとして足をふんばりしあと、いまは大沼という古き池なり」とあり、また本朝文枠、日本霊異記にも、だいだぼつち、即ち陀々法師という大男のいた事がいろいろ伝えられている』