ホリショウのあれこれ文筆庫

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第536話 末代無智の御文

序文・あなかしこ あなかしこ

                               堀口尚次

 

 御文(おふみ)は、浄土真宗本願寺八世蓮如が、その布教手段として全国の門徒へ消息として発信した仮名書きによる法語。本願寺派では「御文章(ごぶんしょう)」といい、大谷派では「御文」、興正派では「御勧章(ごかんしょう)」という。なお、本願寺が東西に分裂する以前は、「御文」と呼ばれていた。蓮如の孫である圓(えん)如(にょ)が、二百数十通の中から80通を選び五帖に編集した物を『五帖御文(ごじょうおふみ)』という。そのうち1帖目から4帖目には日付があるものを年代順にならべてあり、5帖目には日付が不明なものをまとめてある。そのため、4帖目の最後、第15通「大坂建立」は、蓮如の真筆では最後の御文。遺言ともいわれる。

末代無智の在家止住の男女たらんともがらは、こころをひとつにして阿弥陀仏とふかくたのみまゐらせて、さらに余のかたへこころをふらず、一心一向に仏たすけたまへと申さん衆生をば、たとひ罪業は深重なりとも、かならず弥陀如来はすくひましますべし。これすなはち第十八の念仏往生の誓願のこころなり。かくのごとく決定してのうへには、ねてもさめてもいのちのあらんかぎりは称名念仏すべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。』

 【解説・現代語訳】〈まず、釈尊の時代から遠く離れ、真の智慧なく、浮世のしがらみの中に生きるわれわれであることを指摘して、覚りをめざすような分際ではないことを示唆し、その上で、男であろうと女であろうと、心を一つにして、阿弥陀仏を信ずれば、かならず阿弥陀如来はお救い下さるのであると、万人に開かれた救いの道を示す〉釈尊の時代から遠く離れ、真の智慧なく、浮世のしがらみの中に生きる人々は、男であろうと女であろうと、心を一つにして、我をたのめとの阿弥陀仏の仰せを、深くわがためと受けとめて、まったく他の神仏や善行功徳にも心を向けず、ふたごころなくひとえに 「阿弥陀仏よ、ようこそおたすけ下さいます」と喜ぶ人は、たとえ罪とがが深く重いとしても、必ず阿弥陀如来はお救い下さるのでございます。〈次に、これがそのまま、第十八の念仏往生の誓願の趣旨であって、末代無智の凡夫を目当てに立ち上がって下さったのが阿弥陀如来であったことを明らかにする〉これがとりもなおさず、第十八の念仏往生の誓願に示された阿弥陀如来の本意でごさいます。〈最後に、このように如来のおたすけを知らせて頂いた上は、報謝の念仏を申すよう勧めて結ぶ〉このようにはっきりと知らせていただいた上は、ねてもさめても命のある限りは、常に念仏申さずにはおれないところでございます。まことに勿体ないことでございます。謹んで申し上げた次第でございます。

 この「末代無智の御文」は、私が幼少の頃、父親が「お勤め」と称して毎週読経していた時に、一緒に読んだ記憶が鮮明だ。この「御文」は「帰命無量寿(きみょうむりょうじゅ)如来」で始まる「正信偈(しょうしんげ)」を読み上げた後に読み上げることになっていた。

 成人して会社の同僚と話している時に、なぜだかわからないが「末代無知の御文」の話しになり、同僚が「末代無智の在家止住の男女たらんともがらは…」と言い出した時に、思わず「私もそれ知ってるよ!」となり意気投合した記憶がある。

 実家を離れた今では、「正信偈」も「末代無智の御文」も聞くことはおろか、読むことは全くなくなってしまった。ところが今でも「末代無智の御文」は、ほぼ全文暗記している。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、脳裏に焼き付いているんだろう。