ホリショウのあれこれ文筆庫

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第541話 神道指令

序文・GHQによる政教分離

                               堀口尚次

 

 神道指令は、昭和20年12月15日に連合国軍最高司令官総司令部GHQ〉が日本政府に対して発した覚書「国家神道神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」の通称である。覚書は信教の自由の確立と軍国主義の排除、国家神道を廃止、神祇院を解体し政教分離を果たすために出されたものである。これにより公的機関による神社への支援、資金援助が禁止され、「大東亜戦争」や「八紘一宇」など、国家神道軍国主義的・超国家主義的とされる用語の公文書における使用も禁止された。国教分離指令とも。

 米国政府は連合国総司令部に対する降伏後における初期の基本的命令で、総司令官ダグラス・マッカーサーに日本から国家主義イデオロギーを除去すること、神道への公金支出を停止するよう日本政府に要求することを命じた。同指令は1945年11月に伝達されたが、それに先立ち同一の内容が10月8日に太平洋星条旗紙に掲載されたため、総司令部民間情報教育局〈CIE〉局長ケン・R・ダイクは伝達を待たずに神道指令の起草に着手するようウィリアム・バンスに命じた。

 個人の信仰としての神道は干渉せず「上からの強制」である神道は廃止せよ、との国務長官ジェームズ・F・バーンズの命に基き、GHQ民間情報教育局のウィリアム・バンスが草案作成を担った。バンスは日本国内の神道学者・仏教学者の教示を受けつつ、D・C・ホルトムの著作を深く参考にした。

 指令の元となったスタッフ・スタディでは、軍国主義者・国家主義者が戦争を正当化するために国家神道を用いたとの認識の下に、宗教と政治の分離、国家による神道への援助の廃止、教育からの神道の除去、神祇院の廃止などが必要であると提言された。このスタッフ・スタディは、形式的には天皇が権力を持たされながら実質的には別の少数の権力者が権力を行使した政治体制を問題視し、宗教神道そのものを廃止せずに神道を政治から分離する方針は、皇室を存続させる総司令部の政策と合致するとした

 総司令部に助言していた宗教学者岸本英夫によれば、総司令部は当初日本側に自主的な政教分離を促す方針だったが、1945年10月末から11月にかけてその方針を転換し、総司令部自身が指令を策定する方向に動きはじめた。岸本によれば、10月29日に民間情報教育局局長ダイクと宗教学の重鎮姉崎正治が会談した結果、自主的な政教分離を求める方針を断念したのではないかという。

 12月10日に岸本英夫はバンスが作成した指令の草案についてのコメントを秘密裏に求められた。岸本は「国体」の用語の使用を禁ずる規定を草案から削除することを提案し、バンスはそれを受け入れた。岸本は国体論を禁じることによって国体を論じる『教育勅語』が神道指令を通じて不透明な形で廃止されるより、日本側の発意もしくはもっと直接的な指令により廃止されるべきだと考えた〈岸本によればバンスらも『教育勅語』が慎重な取り扱いを要することは理解していたが、『教育勅語』に「国体」の語が含まれることを見落としていたのではないかという〉。

 ある時点の草案には靖国神社を廃止する記述、伊勢神宮を皇室の私的神殿として宮内庁管轄下に残す記述があったが、いずれも最終的には採用されなかった。

 総司令部は神道指令を各種指令の中でも重要度の高いものと見なしていた。神道指令立案に関わったウィリアム・ウィッタードは、国家による強制性のあった神道国家神道〉を廃止することで日本国民の信教の自由を守ることができると考え、これは「民主化の重要な第一歩」であったとした。