ホリショウのあれこれ文筆庫

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第552話 アルハンブラ宮殿

序文・スペインのイスラム王朝

                               堀口尚次

 

 アルハンブラ宮殿は、スペインの南東の丘の上に位置する城塞・宮殿である。

宮殿と呼ばれているが城塞の性質も備えており、その中に住宅、官庁、軍隊、厩舎(きゅうしゃ)、モスク、学校、浴場、墓地、庭園といった様々な施設を備えていた。現代に残る大部分は、イベリア半島最後のイスラム王朝ナスル朝の時代の建築とされ、初代ムハンマド1世が建築に着手し、その後のムスリム政権下で増築された。スルタン〈王〉の居所であるとともに、数千人が居住する城塞都市でもあった。

 アルハンブラは構造的には一つの城塞都市であるが、当初から全体の形が計画されていたのではない。異なる時代に建てられた様々な建築物の複合体であり、時代により、建築様式や形状などが異なっている。その前半はムーア人王朝の栄(えい)枯(こ)盛(せい)衰(すい)と共にあり、9世紀末イベリア半島南部を版図としていた後ウマイヤ朝末期の、アルカサーバと呼ばれる砦が原形であるといわれている。これは、アラブ人が農民の反乱軍からの防御壁として築いたものである。

 現在のスペイン国家は、公式にはレコンキスタの過程でイスラム的な文化を払拭〈カトリック教会側から見れば浄化〉して建てられたカトリック教国であるが、現代にアルハンブラ宮殿が残されていることからも、民衆がこの宮殿の文化的価値を肯定したとも推察され、この要塞の様式がパティオなどの建築文化に与えた影響も窺える。

 また、スペインを訪れるイスラム教徒たちは、このアルハンブラを他の誰にも増して特別な気持ちで見るという。彼等にとってアルハンブライスラム=スペイン〈アル=アンダルス〉の象徴であり、イスラムの支配と信仰が砕かれてもなおスペインに残った輝かしい遺産なのである。アルハンブラ宮殿は、栄枯盛衰を経てもなお破壊されることなく残され、現在スペイン屈指の世界遺産となり世界中からの観光客が訪れる名所となっている。

 クラッシックギターの名手タレガ は、この宮殿にちなんで、トレモロ奏法で有名な『アルハンブラの思い出』を作曲した。