ホリショウのあれこれ文筆庫

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第578話 天中殺

序文・天が味方しない時

                               堀口尚次

 

 天中殺(てんちゅうさつ)とは、四柱推命(しちゅうすいめい)〈中国で陰陽五行説を元にして生まれた人の命運を推察する方法〉と算命学〈中国に発祥した干支暦をもとに、年と月と日の干支を出して、人の運命を占う中国占星術、中国陰陽五行を土台とした運命学の一流派であり、伝統を継承しながら日本で学問として大成された〉内の論であり、干支においてが味方しないとされている。算命学では天中殺と言い、四柱推命では空亡(くうぼう)と言うことが多い。

 六十(ろくじっ)干支(かんし)は6種類の天中殺〈旬〉にそれぞれ分類される。十干(じっかん)〈甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10の要素からなる集合〉と十二支〈子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥〉を甲子・甲戌・甲申・甲午・甲辰・甲寅から10個ずつ組み合わせていくと、十干と組み合わない十二支が2つ残る。この2つがそれぞれの天中殺の十二支となる。甲子から癸酉までの10個の干支〈甲子旬〉では、戌・亥の2つの十二支は組み合う干を持たなく、戌・亥は甲子旬における空亡となり「戌亥天中殺」となる。同様に、甲戌日から癸未日生まれの人〈甲戌旬〉にとっては申・酉が組み合う干を持たないため、申・酉が空亡となり「申酉天中殺」となる。

 元々は干支を使った占い(四柱推命など)における用語で「空亡」と言っていた。「亡空(ぼうくう)」と言われることはほとんどないが「空亡」「亡空」の間に両方の言い方があった。これを占いに用いる説の出処・由来は明確ではないが、中国清代に沈考贍が記した四柱推命の書物『子平真詮』は空亡を否定していることから、それ以前より存在していたと推測される。その後、日本では高尾義政が高尾流算命学を創始した際、空亡を「天中殺」と言い換えた。高尾義政の弟子神熙玲(じんきれい)は更に文字を変え「天冲殺」とした。

 算命学における天中殺・四柱推命のおける空亡、共に地支・その時間帯の出し方は同じであるが、応用が異なる。算命学においては「限定されない気で、無限の気であり、物事は意に反して動く気」とされており、四柱推命においては「あってなきが如し」とされている。