ホリショウのあれこれ文筆庫

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第616話 地球は青かった・ガガーリン

序文・軍人パイロット

                               堀口尚次

 

 ユーリイ・アレクセーエヴィチ・ガガーリンは、ソビエト連邦の軍人、パイロット、宇宙飛行士。最終階級は大佐。1961年、人類初の有人宇宙飛行としてボストーク1号に単身搭乗した人物である。

 ガガーリンの言葉として知られる「地球は青かった」は、1961年4月13日付けの『イズベスチア』に掲載されたルポ〈着陸地点にいたオストロウーモフ記者によるもの〉によれば、原文の日本語訳では、「空はとても暗かった。一方、地球は青みがかっていた」となる。『朝日新聞』夕刊4月13日、『毎日新聞』夕刊4月13日、『読売新聞』朝刊4月13日は、この記事を基にしてガガーリンの言葉を伝えている。

 ガガーリンが宇宙へ赴いた最初の人類であることは今でも疑問の余地がないが、いまだにロシアではガガーリン以前に二度有人宇宙飛行が試みられたが国境を越えて中国に着陸してしまう等で失敗し、隠蔽のために永遠の秘密とされたというデマが流れることがある。

 ガガーリンの伝記『スターマン』〈邦題『ガガーリン 世界初の宇宙飛行士、伝説の裏側で』〉によれば、このような噂が広まった背景には、1961年3月25日に有人宇宙飛行に先駆けて行われた無人試験飛行で、人形を乗せ、通信のチェックを行うために人の声を吹き込んだテープをのせていたことが原因ではないかと推測している。

 ガガーリンは日本にも来たことがあるが、発言に不可解な面が目立った事から不審に見られ「秘匿している機密を守るための替え玉では」との報道もあった。これは糸川氏〈工学者〉がガガーリン本人と対談した際の個人的な感想を基にしたものであり、糸川の意見に対しては反論もなされている。

 ガガーリンの地球周回中の言葉として報道され、有名になったものとして「ここに神は見当たらない」というものがある。ガガーリンが飛行中に「見回してみても神はいない」といったとされているが、記録にはその種の発言は一切残されていない。これは同じソ連の宇宙飛行士のチトフが訪米した時にシアトルで記者団に向けて放った発言である。 

 ガガーリンが人類初の宇宙飛行に成功した4月12日はロシア連邦の祝日となっている。34歳で墜落事故で死亡している。