ホリショウのあれこれ文筆庫

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第618話 沖縄返還の裏に潜む密約

序文・国家機密との闘い

                               堀口尚次

 

 西山事件は、1971年の沖縄返還協定について、新聞記者らが取材で知り得た機密情報を国会議員に漏洩し、国家公務員違反により最高裁判所で有罪判決が確定した事件である。別名、沖縄密約事件外務省機密漏洩事件

 第三次佐藤内閣当時、リチャード・ニクソンアメリカ合衆国大統領との沖縄返還協定に際し、公式発表では地権者に対する土地原状回復費400万米ドルアメリカ合衆国連邦政府が支払うことになっていたが、実際には日本国政府が肩代わりしてアメリカ合衆国に支払うという密約をしているとの情報を掴み毎日新聞政治部記者の西山太吉が、日本社会党議員に情報を漏洩した。

 日本国政府は密約を否定。東京地検特捜部は、西山が情報目当てに既婚の外務省事務官に近づき、酒を飲ませ泥酔させた上で性交渉を結んだとして、情報源の事務官を国家公務員法〈機密漏洩の罪〉、西山を国家公務員法〈教唆(きょうさ)の罪〉で逮捕した。これにより、報道の自由を盾に取材活動の正当性を主張していた毎日新聞は、世論から一斉に倫理的非難を浴びた。

 起訴理由が「国家機密の漏洩行為」であるため、審理は機密資料の入手方法に終始し、密約の真相究明は東京地検側からは行われなかった。西山が逮捕されて社会で注目される中、密約自体の追及は完全に色褪せた。取材で得た情報を自社の報道媒体で報道する前に、国会議員に当該情報を提供し国会における政府追及材料とさせたこと、情報源の秘匿が不完全だったため、情報提供者の逮捕を招いたこともジャーナリズム上問題となった。 

 最高裁は「当初から秘密文書を入手するための手段として利用する意図で女性の公務員と肉体関係を持ち、同女が右関係のため被告人の依頼を拒み難い心理状態に陥つたことに乗じて秘密文書を持ち出させたなど取材対象者の人格を著しく蹂躪した本件取材行為は、正当な取材活動の範囲を逸脱するものである」「報道機関といえども、取材に関し他人の権利・自由を不当に侵害することのできる特権を有するものでない」と判示し、秘密の正当性及び西山の取材活動について違法性と報道の自由が無制限ではないことを認めた。

 2月24日に西山氏が91歳で亡くなったが、彼は彼なりの論理でジャーナリズムを貫いたのだろうか。報道の自由と巨大権力との戦いは今なお続く。