ホリショウのあれこれ文筆庫

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第634話 十王堂にいる奪衣婆

序文・三途の川の番人

                               堀口尚次

 

 十王堂に祀られているのは勿論十王〈閻魔王など十人の王〉だが、だいたい老婆の様なものも一緒に座っている場合が多い。そこでこの老婆のようなものは何なのか調べてみた。どうやら奪衣婆(だつえば)という老婆の鬼のようだ。

 奪衣婆(だつえば)は、三途川(さんずのかわ)〈葬頭河(そうずか)〉で亡者の衣服を剥ぎ取る老婆の鬼。多くの地獄絵図に登場する奪衣婆は、胸元をはだけた容貌魁偉な老婆として描かれている。例えば『熊野観心十界曼荼羅』に登場する奪衣婆は獄卒(ごくそつ)の鬼よりも大きい。日本の仏教では、人が死んだ後に最初に出会う冥界の官吏が奪衣婆とされている。奪衣婆は盗業を戒めるために盗人の両手の指を折り、亡者の衣服を剥ぎ取る。剥ぎ取った衣類は懸衣翁(けんえおう)という老爺の鬼によって川の畔に立つ衣領樹という大樹に掛けられる。衣領樹に掛けた亡者の衣の重さにはその者の生前の業が現れ、衣が掛けられた衣領樹の枝のしなりぐあいで罪の重さがはかられ、その重さによって死後の処遇を決めるとされる。

 奪衣婆は鎌倉時代以降、説教や絵解(えとき)の定番の登場人物となり、服がない亡者は身の皮を剥がれる、三途川の渡し賃である六文銭を持たずにやってきた亡者の衣服を剥ぎ取るなど、さまざまな設定や解説が付け加えられた。近世には、奪衣婆は閻魔大王の妻であるという説も現れる。時代とともに奪衣婆がクローズアップされるのに対し、懸衣翁は影が薄くなり、全く登場しない話も多い。

 三途川には十王の配下に位置づけられる懸衣翁・奪衣婆という老夫婦の係員がおり、六文銭を持たない死者が来た場合に渡し賃のかわりに衣類を剥ぎ取ることになっていた。この2人の係員のうち奪衣婆は江戸時代末期に民衆信仰の対象となり、祀るための像や堂が造られたり、地獄絵の一部などに描かれたりした。懸衣翁とは、死後の世界の三途の川のほとりにある衣領樹(えりょうじゅ)という木の上、または川辺にいる奪衣婆の隣にいるといわれる老人の妖怪である。奪衣婆と共に十王の配下で、奪衣婆が亡者から剥ぎ取った衣類を衣領樹の枝にかけ、その枝の垂れ具合で亡者の生前の罪の重さを計るとされる。罪の重い亡者は三途の川を渡る際、川の流れが速くて波が高く、深瀬になった場所を渡るよう定められているため、衣はずぶ濡れになって重くなり、衣をかけた枝が大きく垂れることで罪の深さが示されるのである。また亡者が服を着ていない際は、懸衣翁は衣の代わりに亡者の生皮を剥ぎ取るという。

※奪衣婆                  ※懸衣翁