ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1043話 三重県伊賀上野方面の旅日記(1日目)

序文・オヤジ6人の珍道中

                               堀口尚次

 

 恒例となっています「ナイスミドル企画」で、2024年4月24日㈬の朝9時21分発の「近鉄五十鈴川行き急行」に乗車で、近鉄名古屋駅に集合しました。恒例(高齢ではない?!)の4人以外にも、今回は2名追加の総勢6名の親父軍団(60才の私が最年少で70才が最高齢?!)と相成りました。全員元同じ会社のOB(若干1名は元会社のグループ会社でパート契約で継続雇用中!)で、私の元上司や同僚という間柄ですが、元会社の大先達ばかりで、恐縮しきりでの新年会(遅すぎる?!)を兼ねた企画でした。本来は1月中旬に予定しており、ホテルまで予約してあったんですが、予定日当週になって負傷者や病人が出て(高齢者かっ!?)やむを得ず延期となった次第です。

 日頃の行いが祟ったのか、好天には恵まれなかったが、自宅を出るときはなんとか傘をささずにすみ、これで本望だと思った(高望みは禁物)。私は自宅から最寄りの名鉄常滑線聚楽園駅まで徒歩30分、名古屋駅まで出て近鉄名古屋駅に向かいましたが、名鉄近鉄は改札が繋がっており、一つの改札に切符2枚(乗ってきた名鉄の切符と今から乗る近鉄の切符)を重ねて入れるシステムがあるが、今回も少し迷ってしまった…我ながら情けなかった。なんとか近鉄ホームに入るが誰も来ていなかった。少しして、遅れてくる連絡があった1名を除き全員がそろい、停車中(近鉄名古屋駅で折り返し運転だから10分は停車してる)の急行に乗り込んだが、5人が向かえ合わせに座れるスペースはなく、2・2・1と分かれて座った。

 1時間半程度して「伊勢中川駅」に着いた。ここで「大阪上本町行き急行」に乗り換えるのだが、何番線に行けばいいのかわからず、おろおろしている内に地下道をくぐって4番線に行くことになり階段を降りかけると、その場にいた見ず知らずのご婦人が「階段を降りなくても、停車してる電車の中を渡っちゃえばいいよ~」と言って下さるではないか!なんと伊勢中川駅では停車している電車の両方の扉が開いているではないか~!私たちは恥も外聞もなく、親切なご婦人に一礼して一目散に向こう側ホームへの瞬間移動を成功させたのだ。後日調べてわかったが、あそこの駅は「島式ホーム」を採用しており、4番線が電車を挟んで両側にあり、停車中の両扉の開いた電車を通って通行できる仕組みになっていたのだ。嗚呼、知らぬが仏とは良く言ったもので、小走りに慌てて電車内を横断した親父5人の姿は、傍から見たらさぞかし滑稽だっただろうに…お声掛け下さったご婦人の勇気と人間愛に、感謝の念を禁じ得ません。

 それから30分ほど近鉄に揺られ「伊賀神戸駅」に着きました。ここで近鉄ともお別れ、ここから今回の企画の第一目玉「伊賀鉄道」に乗り換えます。伊賀鉄道は元近鉄で、今は第三セクターとして運用されています。伊賀忍者をあしらった写真撮影看板で記念スナップを撮り、乗り込みました。架線列車は喉かな田園風景から山間へと進みます。途中青山高原(メナード青山高原リゾート)近くを通過します。因みに、今回初参加の大先達はこの伊賀鉄道に、持参の傘を置き土産とされました。

 12時に上野市駅(自称・忍者駅?!)に到着しました。ここは、松尾芭蕉生誕地として有名なはずでしたが、先達方は「そんなこと知らなんだ~」と無関心・無興味を表明されていた。徒歩5分で目的地の昼食場所である「つかさ」へ行くが、昼時でもあり満員の模様だったが、一人で来ていたテーブル席の初老の男性が、相席を了承して下さり、事なきを得ました。私は、お目当ての「伊賀牛・牛丼」を注文しようとしたが、大先達から「ビールとどて煮」のオーダーが入り、肝を抜かれた。小さい店だが、おかみさん一人でやっていた為、てんてこ舞いだったので、気を利かせたビール党の有志が「ビールもらってくね~」とセルフサービスで配膳開始。気が利くというより、早くビールが吞みたかったのでしょうか?!そんなこんなで「伊賀牛・牛丼」に舌鼓を打っていると、遅れて合流予定の1名が、上野市駅に着いたというLINEが入った。少し前に、おかみさんが店の看板をしまってたんで、もう料理は追加不可能かと思い、事情を話すと快く承諾してくれた。駅から5分だが、迷子になる恐れがあったんで、駅までのお迎えを立候補表明した優しい長兄が颯爽と店を後にしました。長兄は昼間っからビールをひっかけた事も助けて、上機嫌でした。ほどなくして、合流したメンバーも遅れて名物牛丼にくらいつきますが、持参の傘を足に挟み放しません。事情を聴くと「高価なんで失いたくない」とのおおせ。店の中なんで誰も持って行かないと諭し、食事に集中してもらいました。余談だが、相席のおじさんは日本酒をひっかけていることも手伝って、何事かつぶやいていたが、ほとんど聞き取り不能だった。「もう一杯」とおかみさんに追加注文をするが、「自転車だからもうだめ」と嗜められていた。商売よりお客の身の安全を配慮するこのおかみの姿に、小売業(サービス業)の何たるかを垣間見た気がした。

 その後は、伊賀上野城方面へ足を運びました。まずは今企画の第2目玉「忍者屋敷」を訪れましたが、ちょうど定期入館の締め切りの時間になってしまい、30分後の入館時間まで「忍者伝承館」で伊賀忍者に関する資料などを見学しました。時間になり忍者屋敷に入ると、赤い忍者衣装をまとった若い女性により、10人程度の見学者と同行して屋敷の「からくり」などの説明を受けました。最初に「からくり扉」の解説があり、実際に体験してみました。外国人の観光客もいるので、都度英語での説明もされていました。その後もいくつかの「からくり」を解説してもらい、忍者の悠久の歴史に身を委ねました。30分ぐらいの説明がおわり、終了となったが、その後も大先達や長兄は忍者姿の女性案内役と会話を楽しんでいたようでした。

 続いて屋敷に隣接した今企画第3目玉「松尾芭蕉の俳聖殿」を見学。これは伊賀上野生誕の江戸時代の俳諧松尾芭蕉を偲んだ昭和初期の地元政治家が私財を投げうって建築したらしい。私は10代の最後頃に一人旅で訪れているが、遠い昔のことなので記憶が曖昧で懐かしさはなかった。

 続いて今企画第4中目玉「伊賀上野城」。入口までが急な石段になっており、足首の骨折が治ったばかりの大先達には申し訳なかったですが、貸出無料の竹杖があり「これがあれば大丈夫~」と言われ一安心。入場料(入城料?)600円は高い?安い?このお城も、昭和初期に先程の地元政治家が私財を投げうって建てたものだが、鉄筋コンクリートだとばかり思っていたが、木像建築でした!

3階建ての天守閣だが、さすがに階段が急なので大先達は1階までで断念していましが、この時点で病み上がりの大先達には過酷な工程だったと猛省しました。私が最上階に行きたかったのは、展望の眺めから元会社の旧店舗跡を見るためでありました。そしてその想いは達成されましたが、今は他企業の店舗となっている現実になぜだか寂しいものを感じました。そんなノスタルジックに慕っていながら帰路につこうと下降用の階段を降りようとすると、なんと登り用の階段を使わずに、下降用の階段を登ってくる輩に遭遇!!どこかで見た風体だと思ったら次兄ではあ~りませんか!柔らかく忠告してその場を凌ぎましたが、なんとその後から今度は長兄も下降用階段から登って来るではあらしゃいませんか!私は開いた口が閉じられなくなり、過呼吸になることろでした。そして当初日本一の高さを標榜していた石垣を見にいきましたが、確かにものすごく鋭角で上からお堀を覗き込むと股間がゾクゾクとしました。実際には大阪城の方が少し高いらしいので、看板には「日本一・二の高さで有名な高石垣」とあり笑えました。

 伊賀上野城(正式名称・伊賀文化産業城)を後にし、当日の宿である「伊賀上野シティホテル」へ向かうが、途中に気になるコンビニを発見。といっても全国津々浦々にあるセブンイレブンだが、外観が違う。多分、市の条例か何かで町並み保存・景観維持の目的で、建屋も看板もいつものセブンイレブン・カラー(ミドリとオレンジ)ではなく、薄茶色と灰色をベースにしたシックな風合いを醸し出していた。そしてすぐ近くのホテルへ16:00位にチェックイン。

私が代表で全員分をインターネット事前予約してあったが、個々の名前をフルネームで入力する時に、どうしても1名のみ名字はわかったが名前が思い出せなかったんで「○○翁」と入力してしまいました。そこで翁氏はチェックイン受付の際に、名前の変更を申し出て、正式名前でA4サイズの領収書を発行させていました。翁さん、この場を借りて陳謝致します。しかしなぜ領収書なんぞが必要なんですか?!

 各自部屋でしばしくつろいだ後、今企画第5大目玉「遅すぎる新年会」の会場「魚民」へ向かいました。因みに中兄のひとりは「うおたみ」を「ぎょみん」と発音しており、私は度肝を抜かれました。この居酒屋も私がインターネットで事前予約してあったので、スムーズに掘りごたつ付の個室へ案内されました。しかしその個室にはキッズ用のミニ滑り台やおもちゃなどがあり、一抹の違和感は無ぐ得ませんでした。そんなこんなで4500円のコース料理(アルコール飲み放題付き)に舌鼓を打ちながら、元会社での思い出話は尽きませんでした。私は途中からジン炭酸割をしこたま呑み、タブレット端末でオーダーする時は、一度に2杯オーダーしていました。そのせいが祟ったのか途中から記憶がなくなりました。勿論、会計もホテルまでの帰路も途中でコンビニで追加酒500mlを3本を買ったことも覚えていません。なんと親切な諸兄に部屋まで送りとどけてもらいました(勿論翌日その事実を知る始末)。諸兄お二方はその後スナックへ繰り出したそうです。私は部屋で酎ハイを開けましたが少し口を付けただけで、風呂に入って寝てしまったみたいでした。娘へのLINEでは「風呂で死にそうになった」と送っている…酔っぱらって溺死しそうにでもなったのか、なんともみっともない失態ですが、なんとか生かされたようでした。合掌