ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1145話 智に働けば角が立つ情に棹させば流される

序文・夏目漱石の文学

                               堀口尚次

 

 人間が社会で生きていくうえで、理知のみに割り切っていたならばこのことで他人と衝突する。だが他人の感情に気を使っていてばかりでは、自らの足をすくわれるようになるということである。この言葉では人付き合いの難しさが説かれている。世間の人々と付き合う上では、頭の良いところが見え過ぎるならば嫌われるし、あまりにも情が深いならばそのことにより流されてしまう。このため智と情のバランスを上手にとらなければならず、これはなかなか困難なことということである。

 この言葉は夏目漱石が39歳のときに発表した小説『草枕』からの言葉である。当時第五高等学校の教員で、熊本市に在住していた漱石が、次世代に伝えたかった非人情の世界を描く小説からの言葉である。この言葉は作品内の登場人物が山道を歩きながら考えていた言葉である。ここで考えていた言葉が「智に働けば角が立つ情に棹させば流される」であり、人の世は住みにくいということを示している。そして住みにくさが高じたならば他の安い所に引っ越したくなるものの、他のどの場所に引っ越しても住みにくいと悟った時に、詩が生まれて絵ができるとしている。

 この言葉の棹させるというのは、本来の意味は時流に乗るや思い通りに物事が進むということなのであるが、2012年に文化庁が行った調査によれば棹させるというのは逆らうや逆行するという本来とは異なった意味で用いている人が6割ほどになるという結果が出ている。

 『草枕』は、夏目漱石の小説。明治39年に『新小説』に発表。「那古井温泉」〈熊本県玉名市小天温泉がモデル〉を舞台に、作者・漱石の言う「非人情」の世界を描いた作品である。

 「山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。」という一文に始まり、「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」と続く冒頭部分が特に有名である。初期の名作と評価されている。

私見】人の世が住みにくいは、漱石が生きた明治の世どころか、人間が社会生活を始めた大昔からなのかもしれない。但し現代社会でもそうだが、智に働くこと〈物事が論理的に考えられない〉もなく、情に棹ささない〈他人の感情に気をつかわない〉いわゆる空気の読めない人間が、この世を憚(はばか)っている。