ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1152話 全面講和論の南原繁

序文・サンフランシスコ講和条約

                               堀口尚次

 

 南原繁明治22年 - 昭和49年〉は、日本の政治学者。東京大学名誉教授。東京帝国大学の総長を務めた。 

 昭和21年2月11日 - 紀元節には日の丸をかかげ、日本精神そのものの革命を通じての「新日本文化の創造」を説く。日本に宗教改革が必要であり、真の覚醒は神の発見とその神に従うことで可能となるため、日本的神学とは別の宗教が必要と述べた。3月 - 貴族院勅選議員に任じられる。サンフランシスコ講和条約をめぐっては全面講和を主張、単独講和を主張した当時の内閣総理大臣吉田茂に対し全面講和論を掲げ、論争となった。このことで、南原は吉田茂から「曲(学阿世(きょくがくあせい)の徒」と名指しで批判された。曲学阿世とは、学問上の真理をまげて、世間や権力者の気に入るような言動をすること。

 その後、貴族院本会議において、新憲法案の戦争放棄条項について、「歴史の現実を直視して、少くとも国家としての自衛権と、それに必要なる最小限度の兵備を考へると云ふことは、是は当然のこと」とした上で、将来日本が国際連合へ加入する場合、国連憲章で認められた自衛権と国連軍への兵力提供義務の双方を放棄するつもりなのか、また講和会議においても最小限度の防衛をも放棄するのか、吉田首相に質問した。そして、「若しそれならば既に国家としての自由と独立を自ら放棄したものと選ぶ所はない」と主張した。

 12月、 貴族院本会議において、象徴天皇制への移行へ伴う皇室典範改正にともない、「天皇の自発的退位」の規定を設けることを主張。これは南原昭和天皇の退位を望んでいたためだが、反対多数で否決された。

 国際情勢を受けて日本国内では、アメリカ・イギリスなど西側諸国との単独講和論と、第二次世界大戦当時の日本の交戦国でありかつ連合国であったソ連中華民国〈国民党政権〉も締結すべきとする全面講和論とが対立した。

 単独講和とは自由主義〈資本主義〉国家陣営に属し、連合軍による占領終了後もまたアメリカとの二国間軍事同盟を締結してアメリカ軍部隊のみ「在日米軍」とし駐留を引き続き維持させる立場であった。ただ、実際には52ヶ国が講和条約に参加しており、そのため多数講和または部分講和ともいわれる。全面講和論自由主義共産主義国家の冷戦構造の中で中立の立場をとろうとするもの。いずれもソ連と中国を含むか含まないかが争点となった。