序文・岩への信仰
堀口尚次
神社仏閣の参道に参拝者の身を清める手水(ちょうず)鉢が置いてあるが、その縁に不自然な穴〈窪み〉が何ヵ所かあるものを時々見かける。穴の大きさは数㎝~10㎝くらい、中には多数の穴で原形を留めないほどデコボコになったものもある。同様の穴は、崇拝対象となる岩石や灯篭の台石など古い時代の石造物に多く見られるが、いずれもデザイン的なものや何かの用途で彫られたものではなく、雨垂れや長年の風化によってできたものでもない。これらの穴は「盃状穴(はいじょうけつ)」と呼ばれているものだ。
盃状穴とは、岩石や石の構造物等に彫られている盃状の穴の事。
石に対する信仰は日本でも古くから存在した。日本の盃状石は縄文時代から作られている。元々は磐座(いわくら)〈古神道における岩に対する信仰のこと。あるいは、信仰の対象となる岩そのもののこと〉に彫られ、子孫繁栄や死者の蘇生を願ったものとされている。古墳時代には古墳の棺に彫られた。 同時代のものとされる福岡県宗像市の大島海岸の岩石に数多くある盃状穴は馬蹄岩と呼ばれる。
鎌倉時代には村の入り口に魔よけの目的で作ったり、神社の灯篭や手水石等に彫る事が多くなった。東大寺の転害門に彫られた盃状穴もこの頃に彫られた物である。江戸時代には従来の目的に加えて、昔作られたものを元にして新たに数多く作られた。盃状穴信仰は維新後も残り、昭和初期までは作られていたという説もある。
