序文・笠寺天満宮
堀口尚次
「笠寺天満宮東光院」は名古屋市のHPによると以下の紹介がある。『笠覆寺十二坊の一つとして創建されました。本堂は江戸中期の建立です。当院には、星崎城主山口重勝の所持品であった天満天神菅原道真の肖像画、別名「出世お神酒天神」のほか、宮本武蔵が滞在中に左右両腕で書き分けた「南無天満大自在天神」の掛軸、武蔵の「肖像画」、武蔵自作の「木刀」が所蔵されています。』
寺院の「笠寺天満宮東光院御案内」には以下の様にある。『当山は真言宗智山派に属し、尾張の名刹笠寺観音笠覆寺 天平八年開創され延長八年兼平中将再建し其の宿坊として創立以後幾餘の変遷を圣て天文五年再興し今日に至る。本尊不動明王は伝教大師の作にして往昔紀州熊野新宮の本尊なりしも縁有って慶安三年当寺に伝来し厄除満願不動として信仰多い。天満宮の一堂有り、往昔当地寺部の城主山口半左エ門所蔵されしも縁有って豊臣秀吉公より当院へ授かるもので、お酒をお供へすると顔面紅くなると言い伝えにより出世神酒天神として世人の信仰厚く、尾張徳川家代々崇敬特に厚く、葵紋の御礼筥等を御寄附されている。特に近年学問の神様として学業上達・入試合格等の祈願の参詣多し。又剣聖宮本武蔵は当寺に一時滞在し、天満宮に帰依し遺品数点現存す。此の為武士道上達技藝上達祈願の御利益多し、他に源範頼の由緒有り。境内樹木多く四季折々に桜・梅・さつき・花菖蒲・茶花等の年中緑と花の絶え間なく、緑の少ない都市化の中で憩いの場として親しまれている。』