ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1270話 戒厳令

序文・憲法法律停止

                               堀口尚次

 

 戒厳とは、戦時や自然災害、暴動等の緊急事態において兵力をもって国内外の一地域あるいは全国を警備する場合に、憲法法律の一部の効力を停止し、行政権司法権の一部ないし全部を軍隊の指揮下に移行することをいう。軍事法規のひとつであり、戒厳について規定した法令を戒厳令という。

 大日本帝国憲法制定前の法体系において戒厳の態様を規定していたのが、フランス及びプロイセンの戒厳法をモデルとして制定された、明治15年太政官布告第36号「戒嚴令」である。その後、明治22年に公布された大日本帝国憲法の第14条において、「天皇は戒厳を宣告す。戒厳の要件及効力は法律を以て之を定む」とし、憲法の体系に組み込まれた。なお戒厳の要件及び効力を規定する法律は制定されず、太政官布告である戒厳令が法律としての効力を有するとされていた。戒厳の宣告は、一時的に兵力による統治を設定する行為であって、専ら軍事上の必要に基づくものであるが、統帥権の作用ではなく、国務上の大権に属する。宣告の形式については、実際に戒厳の宣告があった日清戦争日露戦争時には勅令で行われている。この時は公文式が施行されていたが、公式令の施行後は、戒厳の宣告は、天皇大権の施行に関する勅旨を宣誥するものとして、詔書によって行い、天皇の親署の後、御璽(ぎょじ)を鈐(けん)し、内閣総理大臣が年月日を記入し、他の国務各大臣とともに副署することを要するとされている。ただし、公式令の施行後、戒厳宣告の実例はない。

 なお、戒厳の宣告は天皇の親裁事項であるが、緊急を要する場合には軍司令官が戒厳を宣告させることが認められている。この場合、軍司令官は直ちに主務大臣に具申するとともに、戒厳を宣告する地の行政官庁及び裁判所に対して通知することとなる。この実例はない。

 このように、「戒厳令」は「戒厳」の効力、要件を規定した法令の名称であり、「戒厳の宣告」により「戒厳令」に規定された非常事態措置が適用されることになる。したがって、戒厳の宣告を行うこと自体をしばしば「戒厳令をしく」「戒厳令下に置く」というが、この表現は少なくとも、大日本帝国憲法の下での法制に照らすと正確ではない。また、東京周辺が騒乱状態に陥った際、例えば二・二六事件時にとられた行政措置を「戒厳」ということもあるが、これも正確な表現ではない。