序文・養父
堀口尚次
藪(やぶ)医者とは、適切な診療能力や治療能力を持たない医師・歯科医師・獣医師を指す俗称・蔑称である。同義語に加減医者、薮(やぶ)医、庸(よう)医がある。古くは1422年に「藪医師」、1283年に「藪薬師」の記録がある。藪と略される場合もある。
語源については、諺「藪をつついて蛇を出す」〈余計なことをしてかえって事態を悪化させる〉からとする説、「薮柑子」「薮茗荷」「薮連歌」など、似て非なるものに「薮」の字を冠するところからとする説や、腕が悪くて普段は患者の来ない医者でも、風邪が流行って医者の数が足りなくなると患者が押し寄せ忙しくなることから、「かぜ〈風)〉動く=藪」という説もある。
「藪のように見通しがきかない」医者という説も存在し、この説に基づき、藪以下の全く見通しのきかない未熟な医者を「土手医者」と呼ぶこともある。また藪医者以下のひどい医者のことは、「やぶ医者にも至らない」「藪にも至らない」という意味を込めて「筍(たけのこ)医者」と呼ぶこともある。藪医者を人名になぞらえて、「藪井竹庵」とも言い、落語などで藪医者を登場させるとき、この名を用いることがある。
森川許六が1706年に編んだ『風俗文選』では、汶村による『藪醫者ノ解』において、「養父(やぶ)」が語源とする説が述べられている。それによると、但馬国の養父に住んでいたという評判の名医が語源であり、本来は名医を指す言葉であったという。現在の養父に当たる兵庫県養父市は、その名声を悪用して「養父医者の弟子」を騙る者が現れたことで「養父医者」の評判が悪くなり、「藪医者」に変化したのではないかと話している。また、件の名医とは養父出身の旗本である長島的庵〈1647年頃-1723年頃〉ではないかとしている。ただし、蔑称としての「藪」の字は更に古くから使われており、養父説は学問的には支持されていない。
【私見】因みに筆者の地元の愛知県東海市に「養父(やぶ)町」があるが、その町内の城之内という住所に「藪(やぶ)城跡」という痕跡がある。やはり「養父」と「藪」は因縁があるようだ。