序文・一本足
堀口尚次
振り子打法は、野球における打者の打法のひとつ。投手側の足を高く上げるか、あるいはすり足の様に移動させ、体を投手側にスライドさせながら踏み込んでスイングする。通常の打法ではボールを見極めやすいように頭の位置を出来るだけ固定し、視線を動かさないことが理想とされるが、振り子打法では打席の中で体を投手側へスライドしていくため、打者の視線も大きく動く。足がかえって行く反動を利用しながら、打つ瞬間に軸足が投手側の足へ移っていくという打法である。
振り子打法を開発したのはイチローと河村健一郎である。当初は名前がなかったが、イチローが活躍したことで同打法も注目され、打つ際の前足が振り子のように特徴的な動きをすることから、「振り子打法」という名前がつけられた。一方で、当時のイチローは振り子打法という名前を気に入っていないと述べている。この打法をイチローと河村の間では一本足と呼んでいた。
足を早めに地面から浮かし反動をつけ、自分が動きながらボールを捉える必要のある振り子打法は、通常の打法とは緩急の対応の仕方が逆である。通常の打法では、タイミングを崩され体が開くことを嫌って「基本的に速球を待ち、変化球がきたらカットなどの対応をする」ことが多いが、振り子打法の性質では「基本的に変化球を待ち、速球がきたらカットなどの対応をする」ことが多く、インパクトへ至るまでの際に体を開きながらもバットを早く出さないことが要求される。つまり体が開いた状態で、捕手側の肩を早い段階で回転させないようグリップを最後まで後ろに残し、ボールをギリギリまで見てから対応する。変化球が変化したのを目撃してから、それに合わせてバットを振るために編み出された打法であり、古典的な打撃理論の理想とは大きくかけ離れている。
振り子打法はその性質上、手首や足首の強さが必要になるほか、スイングスピードも要求される。通常の打者はある程度ヤマを張るが、イチローの場合はヤマを張る部分が少ないだけ、ボールの芯を捉えて打つことができるのだという。独特で革命的な打法であったことから、同打法に対する意見を巡って二軍時代のイチローと一軍首脳陣が衝突するなど、誕生までには多くの野球関係者が否定した。現在でも野球指導者の中には「邪道である」「非現実的である」として、この打法の存在を忌み嫌う者もいる。