ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1323話 ニクソン大統領の狂人理論

序文・国家戦略

                               堀口尚次

 

 狂人理論あるいはマッドマン・セオリーとは、アメリカ合衆国第37代大統領リチャード・ニクソン外交政策の要として広く知られる理論あるいは戦略である。ニクソンおよびニクソン政権は、東側諸国の指導者たちに大統領が非合理的で気まぐれだと思わせることに腐心した。ターゲットとした国家に挑発行為をやめさせ交渉の場につかせるために、アメリカがとる行動が予測不可能であると思わせるのがこの理論の骨子である。

 しかし国際関係論の専門家には、交渉を成功に導くための戦略としての有効性を疑問視する者もいる。狂人理論は逆効果であることも多いが、一定の条件のもとであれば有効であるという研究もある。

 1517年にマキャベリは、場合によっては「狂人のようにふるまうことがきわめて賢い」やりかたであると論じている〈『政略論』〉。ただしジェフリー・キンボールは著書『ニクソンベトナム戦争』 〈Nixon's Vietnam War〉 において、ニクソンが狂人理論という戦略にたどり着いたのはマキャベリとは無関係であって、それまでの実務経験とアイゼンハワーによる朝鮮戦争の対応を観察した結果だと述べている。

 1962年に『考えられないことを考える』〈Thinking About the Unthinkable〉 を出版したハーマン・カーンは、おそらく敵を下すには「少しぐらい狂っているようにみえる」ほうが有効ではないかという議論を行っている。

 ニクソンの大統領首席補佐官であったハリー・ロビンズ・ハルデマンは、ニクソンから次のように打ち明けられたという。

狂人理論と呼ぶことにするよ、ボブ。私は北ベトナムの国民に、戦争を止めるためならなんだってするという境地に私がいたったのだと信じさせたいのだ。そのために我々はこんな風に口を滑らせてみせようじゃないか。「いやまったく、ニクソン大統領は共産主義にとりつかれているぞ。あの人を怒らせたら、我々ではどうにもならない。ただでさえ核兵器の発射ボタンに指がかかっている状態なんだから」と。2日もすればホーチミン本人が和平のために頭を下げにパリにいくだろう。』