序文・軽佻浮薄
堀口尚次
敵性語は、敵対国や交戦国で一般に使用されている言語を指した語。敵声語と当て字されることもある。
イデオロギーやナショナリズムにより敵対国の文化や言語を敵視したり排除する排外主義の傾向は世界的に見られる。特に大日本帝国では、日中戦争開戦により敵性国となったアメリカやイギリスとの対立がより深まる昭和15年に入ると、英語を「軽佻浮薄(けいちょうふはく)」と位置づけ「敵性」にあたるものだとして排斥が進んだ。太平洋戦争突入により米英が完全な敵国〈交戦国〉となると、英文化排撃、アメリカ文化排撃、日本文化賞賛という流れのなかで、より顕著なものとなった。
敵性語は、日中戦争の長期化や太平洋戦争に向かうなかで高まっていくナショナリズム〈国粋主義、日本主義〉および国民統制の一環として生まれた社会運動や検閲である。 民間団体や町内会などから自然発生的に生まれた運動と、日本政府〈文部省や内務省など〉が法律によって検閲や指導したものがある。
満州事変以降の熱狂がマスコミ・大衆レベルで高まるにつれ、〈英米に限らず〉西洋文化全般や軽薄的な文化の追放ムードが高まっていった。しかし分野によって敵性語排除の影響や熱意には大きな開きがあり、また徹底されたものでもなかった。古くは幕末・明治初期の頃より欧米に範を取り近代化をおこっていた日本において、西洋の外来語が日本語に与えていた影響は大きく、戦前中の日本国内でも簡単な英単語・和製英語はマスメディア上のみならず、市民の日常はもちろん、軍隊〈特に日本海軍〉においても盛んに使用されていた。またアルファベットに由来するローマ字の使用は、国策として認められていた。
なお第二次世界大戦において、日本は米英だけでなく、中国とも敵対・交戦しており、麻雀業界が「麻雀」を「卓技」に改め中国語読みを自粛するなどした。
野球は敵国アメリカの事実上の国技であることから、太平洋戦争中、世間や国から「野球そのもの」が禁止されるのを免れるため競技団体自らによる徹底した英語排除が行われた。野球には1890年ごろから正岡子規らが翻訳した、「打者」「走者」「四球」「直球」「飛球」「遊撃手」などの一連の和訳用語がすでに存在していたことも、この運動が特に野球で徹底される理由となった。