ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1378話 独裁者・ホーネッカー

序文・恐怖政治

                               堀口尚次

 

 エーリッヒ・ホーネッカーは、ドイツ民主共和国旧東ドイツ〉の政治家。ドイツ民主共和国第3代国家評議会議長およびドイツ社会主義統一党書記長。

1971年に前任のヴァルター・ウルブリヒトを事実上失脚させて権力を掌握したが、産業の国有化などの中央集権化を図って東ドイツ経済を硬直化・悪化させて財政破綻の危機を招いた。東ドイツの旧体制を象徴する人物であり、1989年の東欧革命で失脚した。

 ナチス・ドイツ時代、ドイツ共産党員として投獄され8年間の獄中闘争を行い、ナチスドイツに屈しなかった闘士との評価がある。一方、ベルリンの壁を越えようとした人々を射殺するよう命じたり、ソ連ペレストロイカが始まって以降も民衆の抗議行動を弾圧するなど、負の面の評価が多く存在する

 また多くの東ドイツ国民がプレハブ工法の無機質な高層集合住宅に住み、大衆車トラバントが10年以上待たないと手に入らないという生活を送っていた中で、ホーネッカーはベルリン郊外、ヴァンドリッツの森の中にあるプール付きの邸宅に住み、641人もの使用人を雇っていた。しかも、ホーネッカーの趣味は狩猟で、そのための3つの別荘や特別仕様のレンジローバーを2台保有していた。さらにホーネッカーは、メルセデス・ベンツシトロエン・CXやプジョー・604といった多数の西側諸国の高級車を所有するという、正にブルジョワ的・ノーメンクラトゥーラ的な贅沢な暮らしをしていた。1989年のホーネッカー失脚後にこの贅沢行為が明るみに出たが、事実を知った東ドイツ国民は怒りとやるせなさで茫然自失状態に陥った。

 ホーネッカーについて、ポーランド人民共和国末期の指導者だったヴォイチェフ・ヤルゼルスキは、「彼は東ドイツを冷酷非情に支配した。彼は独断家だった。だが私は、この男にダイナミックな側面をあるのを看て取っていた」、「ある日、政治的会合の後で、彼は私に特注の酸素マシーンをくれた。彼のお抱え科学者が作ったもので、皮膚の再生を促し、健康を増進するという。眉唾だとは思ったが、一応自宅に持ち帰った。だが、実際に使ってみると、これが効果がある。ホーネッカーは、ちょうどこのマシーンのような男だ―最初は彼のことを眉唾だと思うかも知れないが、実際に試してみると、期待を裏切ることはない」と一定の評価を与えている。