ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1436話 懸衣翁

序文・十王の配下

                               堀口尚次

 

 懸衣翁(けんえおう)とは、死後の世界の三途の川のほとりにある衣領樹(えりょうじゅ)という木の上、または川辺にいる奪衣婆(だつえば)の隣にいるといわれる老人の妖怪である。

 奪衣婆と共に十王の配下で、奪衣婆が亡者から剥ぎ取った衣類を衣領樹の枝にかけ、その枝の垂れ具合で亡者の生前の罪の重さを計るとされる

 罪の重い亡者は三途の川を渡る際、川の流れが速くて波が高く、深瀬になった場所を渡るよう定められているため、衣はずぶ濡れになって重くなり、衣をかけた枝が大きく垂れることで罪の深さが示されるのである。また亡者が服を着ていない際は、懸衣翁は衣の代わりに亡者の生皮を剥ぎ取るという。

 多くの地獄絵図に登場する奪衣婆は、胸元をはだけた容貌魁偉(ようぼうかいい)な老婆として描かれている。例えば『熊野観心十界曼荼羅』に登場する奪衣婆は獄卒(ごくそつ)の鬼よりも大きい。

 日本の仏教では、人が死んだ後に最初に出会う冥界の官吏が奪衣婆とされている。奪衣婆は盗業を戒めるために盗人の両手の指を折り、亡者の衣服を剥ぎ取る。剥ぎ取った衣類は懸衣翁という老爺の鬼によって川の畔に立つ衣領樹という大樹に掛けられる。衣領樹に掛けた亡者の衣の重さにはその者の生前の業が現れ、衣が掛けられた衣領樹の枝のしなりぐあいで罪の重さがはかられ、その重さによって死後の処遇を決めるとされる。

 奪衣婆は鎌倉時代以降、説教や絵解の定番の登場人物となり、服がない亡者は身の皮を剥がれる、 三途川の渡し賃である六文銭を持たずにやってきた亡者の衣服を剥ぎ取る など、さまざまな設定や解説が付け加えられた。 近世には、奪衣婆は閻魔大王の妻であるという説も現れる。時代とともに奪衣婆がクローズアップされるのに対し、懸衣翁は影が薄くなり、全く登場しない話も多い。

 なお、日本の地獄の他界観はほとんどが中国由来だが、すべて中国のものと同じではなく、多少の差異がある。三途の川・賽の河原・奪衣婆や懸衣翁等である。