ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1443話 アツミゲシに罪はない

序文・あへん法で栽培禁止

                               堀口尚次

 

 アツミゲシ〈渥美罌粟、学名: Papaver setigerum〉は、ケシ科ケシ属の一年生植物〈越年草〉。和名は、1962年に愛知県渥美半島の沿岸部において日本への帰化が発見されたことに由来する

 日本ではあへん法栽培が原則禁止されているに指定されている。なお、保健所や警察においては学名の種小名に由来するセティゲルム種で呼ばれることが多い。

 アツミゲシ帰化は1962年5月中旬、渥美半島の先端の海岸沿いに22ヘクタールにわたって群生していることが発見され、約13万本を撤去したことに端を発する。発見当初は人海戦術による抜き取りや除草剤による根絶を試みたが、相当以前から自生していたため効果は薄く、県衛生部らは厚生省へ対処を要請した。その結果、1963年には愛知県警察のみならず自衛隊までが出動し、6台の火炎放射器によって一帯が焼き払われるという騒ぎとなった。翌年にも名古屋市守山区駐屯の自衛隊第10師団の自衛隊員らが、9台の火炎放射器を使ってアツミゲシを焼いたことが報道されている。なお、この頃にはすでに「渥美ケシ」という呼び名が関係者の間で使われていたという。その後もこの地区では際限なく駆除が繰り返されてきたが、アツミゲシはその間にも着々と分布を広げ、現在では北海道から九州まで広い範囲で帰化が報告されている。

 本種の根絶が難しいのには、本種の繁殖力の強さにも一因があるが、1962年の発見以降に原産国や同様に帰化した国から輸入された肥料など に種子が紛れ込んでおり、それらが日本で発芽する、という、侵入パターンを何度も繰り返している由縁もある。ゆえに、気が付いたら道端や放置された草むらなど、その辺に勝手に生えている のが現状で、その都度警察や保健所が出動する騒ぎが繰り返されている。

 しかし、「ケシ粒のような」という比喩表現からもわかるように、本種を含めたケシ科植物の種子は非常に小さいため、現実的な水際での防止策が取れず、ゆえに開花に至って抜取焼却といった現状の駆除法にならざるをえない一面がある。