ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1458話 名古屋にあった通称・アメリカ村

序文・進駐軍住居

                               堀口尚次

 

 白川公園は、愛知県名古屋市中区栄二丁目にある公園である。

 名古屋市の中心オフィス街伏見に程近いところにある緑豊かな公園である。グラウンドもあり、祭りやデモ行進などの集合場所として利用されることもある。公園内には、名古屋市科学館名古屋市美術館などがある。

 昭和20年3月12日 - 名古屋大空襲により白川町も全域が焦土となり、終戦。戦後は連合軍により接収され、キャッスル・ハイツアメリカ村と呼ばれる在日米軍将校の家族住宅地となった米軍住宅地の北辺は、入江町通まで広がっていた〉。130戸が建設されアメリカ軍家族191人が居住した。生活苦にあえぐ日本人には全くの別世界だった。昭和33年 - 米軍より返還。以後都市公園として整備開始。

 東京にあったワシントンハイツ〈合衆国空軍ワシントンハイツ団地〉は、第二次世界大戦敗戦後の日本において、日本を占領していた連合国軍の一部であるアメリカ軍が東京・代々木に有していた、兵舎・家族用居住宿舎などからなる軍用地の名称である。

 昭和21年に建設され、昭和39年に日本国に返還されて取り壊されるまで存在した。同地は現在、代々木公園、国立代々木競技場、国立オリンピック記念青少年総合センターNHK放送センターなどとなっている。

 ワシントンハイツは、基本的には日本人の立ち入りが禁じられていたが、比較的出入りが自由で、米兵も子供には優しく、中に入れて遊んだりすることもあったほか、近所に住む日本人の少年たちが草野球を楽しむ場所としても利用された。その中から生まれた少年野球チームのひとつに「ジャニーズ」があった。監督として指導していたのは、近所に住むジョン・ヒロム・キタガワという米国帰りの日本人で、後に彼はジャニー喜多川を名乗り、少年野球チームから始まった「ジャニーズ」を日本有数の芸能事務所「ジャニーズ事務所」に育て上げた。