序文・親父馬
堀口尚次
野次馬とは、本来は歳を取った馬や御(ぎょ)しがたい馬を指す日本語である。そこから転じて、自分とは直接関係の無い事象〈事件・事故を主とする、世の中で起こるもろもろの出来事・現象〉に浅はかな興味を抱き、物見高く集まる、面白半分に騒ぎ立てるなどといった行為に及ぶこと、ならびに、その行為者を指して言う、蔑む(さげす)含意をもった語にもなり、現代ではこちらの用法が第一義となっている。
語源は一説には「親父馬(おやじうま)」で、「老いた雄馬」を意味するが、いつの頃からか「おやじ-うま」が「やじ-うま」へと転訛(てんか)したという。歳を取った馬は役に立たないことから、あるいは他説では、歳を取った馬は先頭に立たず若い馬の後をただ着いていくだけであることから転じて、他人の出来事を無責任に騒ぎ立てる人や物見高く集まって囃し立てる人を指し示す意味で使われるようになった。
野次馬行為に及ぶような性質を「野次馬根性」と言う。現代では「野次る」という表現もあり、「野次馬」の略語「やじ」が動詞化されたものである。「やじを飛ばす」も同様。
非日常的事象に対して関心が向くのは人間の本能である。野次馬とは、こうした人間本来の本能が行動となって現れた現象の、好ましくない側面を指して言う言葉であり概念である。野次馬的興味をきっかけに一転して生まれる誠意なり肯定的行動もあり得るが、本質的に、野次馬行為は社会に対して肯定的事象をもたらすものではない。
野次馬は、事件や事故の現場に集まることで、救援者や問題解決責任者の業務に支障を来たすことが多い。大規模な火災現場や事故現場などに自動車で乗りつけたりするケースも多く見られ、消防車や救急車の到着が遅れる、野次馬の整理や誘導に警察官の人員を割かれる、被害者の肖像権を無視した興味本位の撮影が行われるなどといった害も少なからず発生していて、以前にも増して社会問題となっている。また、街頭でのテレビ中継の現場に集まり、レポーターの後ろで意図的にカメラに映ろうとする等の野次馬もみられる。天気予報やイベントの取材などの緊迫した物でなければはまだ許されるが、事件や事故の現場中継の場合はその不謹慎さから視聴者に不快感を与えることがある。
