ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1511話 クラーク撲滅運動

序文・スターリンの暴走

                               堀口尚次

 

 クラーク撲滅運動、富農撲滅運動、またはラスクウラーチヴァニェは、ソビエト連邦農業集団化政策において富農クラークと認定された農民を撲滅・絶滅させようとした政策である。富農清算運動〈カンパニア〉ともいう。「クラーク」とは、買占人・不正仲買人・高利貸などを意味したロシア語で、裕福な農民・富農・農村ブルジョア層を指す。1917年から1933年にかけて行われ、1930年から1931年の間だけで180万人以上の農民が「クラーク」として追放され、1929年から1933年にかけて、飢餓・強制労働による栄養失調・病気、および大量処刑などにより、約39万人が、または53万人から60万人が死亡した。

 クラークはもとは拳を意味し、村の金貸し、抵当権設定者、裕福な農民を意味した。しかし、富裕な農民ならだれでも時々は金貸を期待されており、人民主義者の革命家で農村の医師は、富裕な農民がみんなクラークとは限らないと述べている。一方で、レーニンは、クラーク富農、中農、貧農を経済用語としては区別できず、富農の基準を問われると、「誰が富農かなんて、すぐにわかるだろう」と苛々しながら答えるほどの認識であった。しかし、「富農」の定義は実際には難しく、数値による定義などはほとんど不可能であった。1927年時点では、最も豊かな農民でも、平均7人家族で、牛を2〜3頭所持と10ヘクタール以内の耕地しかもっておらず、最も豊かな農民のひとりあたりの収入は、貧農のひとりあたりの収入よりも50-56%多い程度であった。また、中農も他人を雇っており、貧農にも他人を雇うものがおり、富農だけが雇い主であったわけではなかった。こうした矛盾がありながらも、農民を階層によって区分することは、階級対立という仮定上の誤った見解の上にたっていた。

 ヨシフ・スターリンは1929年に「階級としてのクラークの絶滅」を発表し「我々はクラークに対して断固たる攻撃を行う。もって彼らの革命への抵抗を打ち破り、階級としてまるごと殲滅し、農業生産をコルホーズソフホーズの生産に置き換える」と宣言し、「富農階級を追放するためには、その存在と発展の源泉である土地の自由な使用、生産手段の自由使用、労働者を雇う権利などを奪い、この階級による抵抗を完全に打ち砕かれなければならない。これが階級としてのクラークの絶滅政策への転換である。もしこれを実行せずに富農撲滅をしゃべるだけでは、右翼を利するだけの無駄話にしかならない。」と語った。