ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1530話 バナナ・ボート

序文・港湾荷役者の労働歌

                               堀口尚次

 

 「バナナ・ボート」〈Banana Boat Song〉は、ジャマイカの民謡の一形態であるメント〈ジャマイカにおいて、スカやレゲエ以前にあったフォーク音楽の一形態〉の曲で、ジャマイカ人の港湾荷役夫の労働歌である。デイ・オー〈Day-O〉とも。

 最もよく知られているバージョンは1956年にニューヨーク出身の黒人歌手ハリー・ベラフォンテが唄いアメリカ合衆国でヒットしたものである。

 この曲はしばしばメントではなくカリプソ〈20世紀に始まったカリブ海の音楽のスタイルのひとつでレゲエのルーツの一つであるとも言われている〉であると説明されるが、これは1957年当時のアメリカ合衆国ではメントの知名度が低く、より有名なジャンルであるカリプソとして売り出されたからである。

 出だしに、Day-o, day-ay-ay-o〈デイ・オー・エイ・エイ・エイ・オー〉と叫ぶ部分があるほか、「もうじき日が昇る。オイラはつらい仕事を終えて家に帰りたいんだ。tally man〈伝票をつける人〉さん、バナナを数えてくれ…」という内容の歌詞が繰り返される。オリジナルは、バナナを積み出す港で荷役に従事していた人たちの労働歌である。

 日本では1957年、マンボ〈ラテン音楽の一つでキューバの音楽形式でダンスのスタイル〉に続く「ラテン音楽」としてカリプソブームが起こり、その代表的な曲として紹介された。ベラフォンテ本人のバージョンは、日本ビクター S-289として発売〈SP盤。B面は「さらばジャマイカ」〉。

 日本語盤ではキングレコード江利チエミコロムビアが旗照夫、ビクターが浜村美智子をそれぞれ起用して競作した。その中でも特に浜村盤が最大の売り上げを記録する。新人の浜村のバージョンが一番ヒットしたのは、浜村の傍若無人な態度が曲のイメージ作りに寄与したためである。この「誤った」カリプソ解釈に憤慨して、中村とうようが評論家デビューをした。

 また、「明星チャルメラ・デラ」〈1979年・若山富三郎、岸本加世子出演〉をはじめ、数多くのCMで当曲の替え歌が使われている。