ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1537話 革命的共産主義者同盟全国委員会

序文・極左暴力集団

                               堀口尚次

 

 革命的共産主義者同盟全国委員会は、日本の左翼過激派テロリスト、極左暴力集団革共同系の新左翼党派の一つ。通称は中核派。「反帝国主義反スターリン主義プロレタリア世界革命」を掲げる。公然拠点は前進社。機関紙は「前進」「共産主義者」。学生組織はマル学同中核派。非公然組織は革命軍。警察白書では「極左暴力集団」、マスコミは「過激派」と呼んでいる。

 1957年の革命的共産主義者同盟結成、1958年の革共同第一次分裂、1959年の革共同第二次分裂、1963年の革共同第三次分裂を経て、残った全国委員会(本多派)が通称「中核派」を形成した。「反帝国主義反スターリン主義の旗のもと万国の労働者団結せよ!」をメインスローガンに、世界共産主義革命の一環としての日本共産主義革命を掲げ、その革命は暴力革命で、樹立すべき政権はプロレタリア独裁であるとする。この「反帝国主義反スターリン主義」では、「真の共産主義の実現のため資本主義国家の転覆〈反帝国主義〉」とともに、ソビエト連邦中華人民共和国などの既存の社会主義国を、世界革命を放棄し帝国主義との平和共存政策を基調とするスターリン主義と規定し打倒対象とする。朝鮮労働党日本共産党スターリン主義と規定し打倒対象とする。なお分裂した革マル派も同じ「反帝国主義反スターリン主義」を掲げるが、革マル派の理論重視・組織重視・党建設重視に対して、中核派は大衆運動・武装闘争を重視し、共産主義者同盟〈ブント〉や社青同解放派など他党派との共闘も行った。1960年代、権力に対する街頭武装闘争、大学闘争などで新左翼最大の規模・勢力を持つに至った。1966年の三回大会で「帝国主義の根底的動揺の開始」を表明。その後の1974年 - 1975年の世界同時不況・高度成長の終焉をもって資本主義の歴史的命脈は尽きたとする。これを元に情勢認識を「革命情勢は成熟している」と規定し続け、その情勢認識から急進的な路線を打出し、その時々で大学闘争、街頭闘争、三里塚や部落解放などの諸闘争、物理的な党派闘争〈いわゆる「内ゲバ」、特に革マル派との内ゲバを「戦争」と規定〉など、多数のテロ事件やゲリラ闘争を行ってきた。冷戦終結後、1991年「5月テーゼ」以降は、武装闘争路線によって疲弊した党組織の立て直しを図り、労働運動路線へと転換。自派の労働運動を展開しつつ、労使協調路線の連合・全労連を「体制内労働運動」と規定して批判している。