ホリショウのあれこれ文筆庫

歴史その他、気になった案件を綴ってみました。

第1558話 安城御影

序文・親鸞聖人の肖像画

                               堀口尚次

 

 安城御影(あんじょうのみえい)は、鎌倉時代の建長7年法眼朝円の筆とされる絹本著色親鸞聖人像。親鸞83歳の姿を描いたとされる西本願寺所蔵。「鏡御影」〈国宝〉、「熊皮御影」〈重文〉と並び、親鸞聖人三御影とされる。

 安城御影〈1,276mm×401mm〉には、上部に『仏説無量寿経』〈願生偈〉、下部に「正信偈」の讃文がある。親鸞直筆とされており、筆跡の基準ともされている。名称の由来は三河国碧海郡安静現・安城市に伝来したことによる親鸞24輩〈24高弟〉真(しん)仏(ぶつ)の弟子・専信房専海が法眼朝円に描かせ、願照寺岡崎市舳越町字本郷に所在が所蔵していたため、安城御影〈または安静御影〉と呼ばれる。本願寺第3代覚如の長男存覚の記した『存覚袖日記』には、文和4年に当時所蔵していた願照寺の照空房から安城御影を見せてもらった時のことが詳しく記されている。昭和27年、「紙本墨画親鸞聖人像〈鏡御影〉」の附として正本および副本が国宝に指定。副本は第8代蓮如の時代に2本が模写され、1本は正本と共に西本願寺蔵、1本は東本願寺に蔵され、国の重要文化財に指定されている。

 願照寺は、愛知県岡崎市舳越町にある浄土真宗本願寺派の寺院。親鸞の弟子、専信房専海の開基と伝えられている専信房の保持した「安城御影」〈親鸞83歳の姿を描いたとされる絵画〉は当山8代の了正の時に本願寺に収められ、現在は国宝として西本願寺に所蔵されている。

私見】筆者は過日、岡崎の願照寺を訪れ副住職に詳しいお話を聞くことができ、本堂裏手にある専信房専海のお墓も案内していただいた。また、駐車場にある松平親忠徳川家康の祖先〉の重臣で小針城主・阿部忠正の墓などの案内していただいた。更には、境内入口に建つ「二十四輩」の石柱についても説明していただいた。ただ願照寺は「二十四輩」には該当しないはずなので、もしかしたら願照寺開基・専信房専海の師である「真仏」が二十四輩であることから、なんらかの繋がりがあり石碑が建ったのであろうかと勝手に想像している。