ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1573話 大ふへんもの・前田慶次郎

序文・飄逸

                               堀口尚次

 

 前田利益は、戦国時代末期から江戸時代初期にかけての武将。通称は宗兵衛、慶次郎で、前田慶次という呼び名で知られる。尾張荒子城主前田利久の養子。義理の叔父で利久の家督を継いだ前田利家に仕え、のちに上杉景勝に仕えた。武術に優れ、また高い文化的素養を備えた文武両道の達人であったが、性格は飄逸(ひょういつ)〈世の中の事を気にせずのんきなこと〉で超然としており、さまざまな奇行が伝えられる。現在では小説や漫画の影響もあって、「天下御免の傾奇者前田慶次郎利益のイメージが定着している。

 『大日本野史』前田利太伝では、上杉家に仕えた時に「大ふへん者」の旗指し物を指しており、他の武士と口論になったとしている。武士たちは「わが武功赫々(かくかく)たる上杉家に仕えて日の浅い貴殿が、何故、大ぶへん者大武辺者〉などというふざけた旗を指しているのか」となじったが、慶次郎は「貴殿は田舎の方ですかな?かなの清・濁をご存じないと見える。拙者は浪人して貧乏である故、大ふべん者大不便者〉と書いた旗を指しておる次第で」と笑って言ったとしている。

 慶次郎には常日頃、世を軽んじ、他人を小馬鹿にする悪い癖があり、それを叔父の利家から度々教訓されていた。慶次郎はこれを喜ばず、ある時利家に「これまでは心配かけてしまい、申し訳ござりませぬ。これよりは心を入れ替え真面目に生きる所存にござります。そこで、茶を一献もてなしたく、自宅に来て頂きたく存じます」と申し入れた。利家は慶次郎が改心したと喜び、家を訪ねると慶次郎は「今日は寒うござりましょう。茶の前にひとっ風呂いかがかな?」と利家に勧めた。利家は「それは何よりの馳走であるな」と承諾し慶次郎と風呂場へ向かった。利家が衣を脱いでいると、先に慶次郎が「丁度良い湯加減ですぞ」と言いその場を去った。利家がそれを聞き湯船に入ると氷のような冷水であった。これには温厚な利家も怒り「馬鹿者に欺かれたわ!引き連れて来い!」と供侍へ怒鳴ったが、慶次郎は愛馬松風で無事に国を去った〈利家の愛馬「谷風」を乗り逃げしたとも言われる〉。利益の逸話の類で最も有名な逸話であるが、初出は江戸時代後期の随筆集『翁草』であり信憑性は低い。

私見織田信長の「大うつけ」に匹敵する奇行の数々は、大物たる由縁であろうか。得てして大成する人物に共通するカリスマ性は奇行にあるのか否や。