ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1574話 神無月と神在月

序文・出雲で会議

                               堀口尚次

 

 神無月(かんなづき)、は日本における旧暦10月の異称。今日では新暦10月の異称としても用いられる場合も多い。「神無」を「神が不在」と解釈するのは語源俗解である。また、この俗解が基になって更にさまざまな伝承を生じることになった。

 「神無月」の語源は不詳である。有力な説として、神無月の「無・な」が「の」にあたる連体助詞「な」で「神の月」というものがあり、『日本国語大辞典』もこの説を採っている。「水無月」が「水の月」であることと同じである。

「〈伊勢神宮・内宮に居る天照大御神以外の〉神々出雲に集まって翌年について会議するので出雲以外には神がいなくなる」という説は、平安時代以降の後付けで、出雲大社御師が全国に広めた語源俗解である。なお、月名についての語源俗解の例としては、師走〈12月〉も有名である。御師の活動がなかった沖縄県においても、旧暦10月にはどの土地でも行事や祭りを行わないため、神のいない月として「飽果十月」と呼ばれる。

 出雲に神々が集まるから「神無月」と呼ぶという民間語源が元になって、逆に出雲地方には神々が集まるだろうという俗信が生じ、出雲地方では、10月が神(かみ)在(あり)月(づき)〈あるいは神有月〉と呼ばれるようになった。したがって、これも一種の民間語源である。この俗説も、中世には唱えられていた。 

 出雲では、出雲大社ほかいくつかの神社で旧暦10月に「神在月」の神事が行われる。旧暦10月10日の夜、記紀神話において国譲りが行われたとされる稲佐浜で、全国から参集する神々を迎える「神迎祭」が行わには、各地に帰る神々を見送る「神等去出祭」が出雲大社拝殿で行われる。出雲大社の荒垣内には、神々の宿舎となる「十九れる。その後、旧暦10月11日から17日まで出雲大社で会議が行われるとして、その間「神在祭」が行われる。旧暦10月18日社」がある。

 出雲に行くのは大国主神系の国津神だけであるという説や、天照大神を始めとする天津神も出雲に行くという説もあり、この考えと一致するような、「出雲に出向きはするが、対馬天照神社の天照大神は、神無月に出雲に参集する諸神の最後に参上し、最初に退出する」と言う伝承もある。

私見】新年を迎えるにあたり、町内の村社・若宮八幡神社へ初詣にでかけます。神々への尊崇の念を忘れず、人々と国家の安泰をお祈りしてきます。