序文・国家元首
堀口尚次
ムアンマル・アル=カッザーフィー〈1942年 - 2011年〉は、リビアの軍人・革命家・政治家で、大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国〈社会主義人民リビア・アラブ国〉の元首。1969年のリビア革命で政権を樹立してから、長期に渡って政権を維持したが、2011年リビア内戦によってカダフィ政権は打倒され、カッザーフィーは反カッザーフィー派部隊によって2011年10月20日に殺害された。
日本では「カダフィ大佐」という呼び名が一般的である。特に新聞などのメディア報道では「カダフィ大佐」という呼称がされている。明仁天皇とカッザーフィーが慶事等で祝電、答電を送り合う場合、日本語では「リビア国革命指導者カダフィ閣下」と表記され、彼自身の公式ウェブサイト日本語版でも敬称は「閣下」であった。日本の新聞報道では、1969年から1977年までは「カダフィ革命評議会議長」、1977年から1979年までは「カダフィ全国人民会議書記長」、1979年に一切の公職を退いてからは「カダフィ元首」「カダフィ国家元首」「リビアの国家元首カダフィ前書記長」などと表記されていた。しかしカッザーフィー政権のリビアは、公式には「直接民主制」を標榜しているために、政府や国家元首は存在しないことになっていた。このためか、1985年あたりからは「リビアの最高指導者カダフィ大佐」と表記されるようになった。読売新聞は2011年リビア内戦以降、彼本人が「もう軍人でも大佐でもない」と言っているとして、それまで使用してきた「リビアの最高指導者カダフィ大佐」の表記をやめ、「リビアの最高指導者カダフィ氏」と表記している。 カッザーフィーが「大佐」と呼ばれている理由については諸説がある。いずれの説でも、カッザーフィーが敬愛するエジプトのガマール・アブドゥル=ナーセル大統領が「陸軍大佐」であったからそれに倣った、という点は一致している。なお、カッザーフィー政権での事実上の国家元首が軍の中堅幹部階級である「大佐」であることに違和感を覚える向きも多いが、当該政府は建前上「国家元首」の概念そのものを否定しておりリビアの国家元首の称号が「大佐」だというわけではない。
野口英世〈医学者〉やカーネル・サンダース〈ケンタッキー・フライドチキン創業者〉など、名誉大佐の敬称を送られた人物も存在する。これらは軍事とは無関係で、カーネル〈≒大佐〉を名乗るからといって軍人だとは限らない。
