ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1599話 木村庄之助と式守伊之助

序文・発気揚揚

                               堀口尚次

 

 木村庄之助は、大相撲に於ける立行司の名称。行司の最高位で、相撲番付に例えると横綱に相当する。当代の39代は2025年1月場所より登場した。

 現在、木村庄之助襲名するための必要条件は、式守伊之助を経たのちに先代の庄之助が引退して空位になった場合である。24代以降で庄之助を襲名した者は、全員が伊之助を経たのちに庄之助を襲名している。このため庄之助と伊之助が同時に引退した場合、次の格の行司はいきなり庄之助を襲名することはできず、一時的に伊之助を襲名したのちに次場所〈以降〉で庄之助を襲名することができるため、庄之助空位の場所が発生する。この事例は2006年3月場所で発生した。

 6代庄之助より13代庄之助まで「木村庄之助正武」を名乗った。継代数は、6代庄之助が3代水増して自ら9代庄之助を名乗ったとする説がある。江戸時代から年寄の資格を持ち、歴史上「木村庄之助部屋」として相撲部屋を持った上で弟子として力士を養成した庄之助がいたこともあったが、行司停年制を実施する前の1958年限りで年寄名跡から除かれている。

 式守伊之助は、大相撲立行司の名前。行司としては木村庄之助に次ぐ二番目の地位で、番付の西正位横綱に相当する

 この名跡は代々三役格から立行司に昇格する行司が襲名しており、軍配に紫白の房、装束に紫白の菊綴じを着用し、庄之助同様に短刀を左腰に差し、右腰に印籠を下げる。本場所の本割では一日に三役格以下十両格までと同様に二番を合わせる。優勝決定戦においては、幕内最高優勝の決定戦で、出場力士の最高位が横綱大関の場合に立行司が裁くが、現在はその場合、庄之助と伊之助のどちらが裁くかは事前に定めてもう一方が控えとなる。行司停年制実施前の1958年限りで庄之助同様に年寄名跡より除かれた。それ以前には歴史上相撲部屋として「式守伊之助部屋」が存在したこともあった。現存する行司2家のうち式守家は初代伊之助が式守姓を名乗ったことに由来するといわれる。

 因みに行司の掛け声の中で最も特徴的なものが、「はっきょい、残った、残った」である。「はっきょい」とは、力士が動かない場合の掛け声であり、「発気揚揚」を意味しているとされているが、この解釈は第二次大戦中に定められたものである。実際には「はっけよい」と発音されることが多い。