ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1608話 焼身供養したティック・クアン・ドック

序文・僧侶の仏教弾圧への抗議

                               堀口尚次

 

 ティック・クアン・ドック〈1897年 - 1963年〉は、ベトナムの僧侶。

 ドックは1963年6月11日、当時の南ベトナムのゴ・ディン・ジエム政権が

カンボジア大使館前で自らガソリンをかぶって焼身供養〈自分の身体を焼くことで自殺することでしばしば政治的あるいは倫理的な抗議として特に言論の自由の無いまたは制限されている状態下で行われる〉した。蓮華座を絶命するまで崩さなかった姿が世界中に放映され、ベトナム国内だけでなく国際世論に一石を投じた。

 ジエムの弟にして大統領顧問・秘密警察長官であったゴ・ディン・ヌーの妻マダム・ヌーは、アメリカのテレビインタビューで、この事件を「あんなのは単なる人間バーベキューよ」、「反米運動にアメリカ製ガソリンを使うなんて矛盾してるわ」、「今度同じことをするならガソリンとマッチを進呈する」など言い、それが全世界に報道された。南ベトナム国内やアメリカ等外国の顰蹙(ひんしゅく)を買い、国民のジエム政権への反発を一層高めた。

 1963年、政治問題でベトナムは内乱状態になっていた。南ベトナム解放民族戦線などが存在し、すでに軍の一部の反乱や暗殺計画は実行され失敗していた。同年11月に軍事クーデターが発生、ジエムは弟と共に、ズオン・バン・ミンらの決起部隊に殺害された。元凶であるマダム・ヌーは生き延びたが事実上国外追放され、各国を転々とし2011年にローマの病院で死亡した。クーデター後、ベトナム国内は混乱を極め資本主義勢力と共産主義勢力との対決〈ベトナム戦争〉へと移行していく。

 リチャード・ニクソンは著作で、この事件を「共産主義者プロパガンダの一環に過ぎない」と主張した。アメリカ人ジャーナリストのマルコム・ブラウンが撮影した報道写真は、1963年度の世界報道写真大賞を受賞した。何人もの僧侶が仏教への弾圧に抗議するため、炎をまとい自殺していった。例えば、ローマ・カトリック式の統治をおこなったゴ・ディエン・ジエム政権下の南ベトナムが挙げられる。仏典の注釈をひもとけば、自分自身への暴力を禁じているものはいくつも見出せるにもかかわらず、ティック・クアン・ドック焼身自殺はそれを評したマダム・ヌーの暴言と相まって全世界に衝撃を与えた。