序文・特攻隊宿舎
堀口尚次
三角兵舎は、特攻隊及び戦闘隊・襲撃戦隊等の隊員の宿舎で、敵機の目を欺くために松林の中に半地下式の兵舎を建て、屋根には樹木を被せ偽装が行われていた。各地から集結した振武隊員は、数日後にここから出撃する。出撃前夜には、この兵舎で壮行会が催され、薄暗い裸電球の下で、酒を酌み交わし、隊歌を歌い、遺書や別れの手紙を書き出撃していったと言われる。
三角兵舎は、陸海軍の別、地上部隊と航空部隊との別を問わず日本各地に規格化されて建築された。航空部隊においては、本土空襲によって集中的に攻撃を受けたため、各兵舎や格納庫等を全撤去し、飛行場から離隔した地域に分散して建てられた。
鹿児島県知覧町の森林の中に、かつて特攻隊員が暮らしていた建物「三角兵舎跡」がある。知覧特攻平和会館には再現された三角兵舎がある。
三角兵舎跡の看板には以下の説明書きがある。
『飛行場からおよそ1㎞離れたこの林には、特攻隊員や援護部隊員が宿泊した兵舎や炊事場、風呂場などが設けられた。
兵舎は、半地下式木造の建物で屋根だけが地表に出ていたので外から見ると三角形に見えることから「三角兵舎」と呼ばれ、敵の飛行機に見つからないよう木の枝などで偽装してあった。
風通しが悪く、雨露をしのぐだけの簡易な三角兵舎で特攻隊員は出撃命令を待ち、薄暗い裸電球で遺書や寄せ書き、別れの手紙などを書いていた。
三角兵舎には、知覧高等女学校の生徒が動員され、清掃、洗濯、裁縫、食事の配膳等、飛行兵の身の回りの世話を行ったり、手作りのマスコットをお守りとして渡し、出撃の際には特攻隊員の見送りも行った。
平成25年3月、この地において発掘調査が行われ、幅約4m、長さ約30m、深さ約70㎝の三角兵舎跡が発見された。』
