序文・米軍機の塗装
堀口尚次
晴嵐(せいらん)は、大日本帝国海軍が第二次世界大戦中に開発した水上攻撃機。設計生産は愛知航空機、略符号はM6A1。
伊四百型潜水艦による戦略爆撃の目的で開発された、小型軽量の急降下爆撃が可能な潜水艦搭載用の水上攻撃機〈海軍での分類は特殊攻撃機〉。昭和18年11月に初号機完成。だが1944年9月でも実験飛行の段階だった。第六三一海軍航空隊で運用された。
1945年1月、有泉司令は魚雷によるパナマ運河攻撃の研究を命じた。3月下旬から4月上旬にかけて、作戦の検討が進む。呉潜水艦基地隊で、軍令部、第六艦隊参謀を交えた図上演習を実施。4月25日、士官に対し第一潜水隊全艦・晴嵐10機〈雷撃2、爆撃8〉によるパナマ運河夜間攻撃計画が公表された。この段階では通常攻撃だったが、福永飛行長は「飛行機総特攻の時に晴嵐部隊だけ通常攻撃はありえない。全機特攻」と主張し、投下器から爆弾が落ちないよう工作を命じた。結局、全機800kg爆弾を装備した上での特別攻撃隊となった。
部隊は「神龍特別攻撃隊」と命名された。出撃前の壮行会で第六艦隊司令長官醍醐忠重中将は、飛行機搭乗員に短刀を贈っている。この短刀は特別攻撃隊を意味していた。南部〈伊四百一潜水艦長〉は「有泉司令も私〈南部艦長〉もこの作戦を特攻であると正式に命じたことはなく、少なくとも私は最後まで生還の手段を講ずるつもりであった。しかし、飛行機搭乗員はどうであったろうか。」と回想している。
また晴嵐には戦時国際法違反を承知で米軍の星マークがつけられ、米軍機と同じ銀色に塗装されていた。伊四百搭載晴嵐1号機の高橋は「誰の入れ知恵だかわからなかったが、卑怯で情けない」と評している。
「国際法違反」とは関係者の証言であるが、実際には軍用機に関する限り、そのような国際法は2017年現在も成立しておらず、当然批准した国も皆無である。日本海軍に関しては大正11年1月21日付 海軍省告示第1号第1項で『海軍航空機ノ標識ハ日章トス』としたほか、機体への表示法が示されたが、これは日本の一省庁が定め示したものであって、これを基因としてはいかなる国際的な拘束力も発生しない。

