ホリショウのあれこれ文筆庫

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第858話 疳の虫と「宇津救命丸・桶屋奇応丸」

序文・虫封じ

                               堀口尚次

 

 疳(かん)の虫とは乳児の異常行動を指していう俗称。特に夜泣き、かんしゃく、ひけつけなどを指す。「癇の虫」「勘の虫」などの表記もあるが正しくない。疳とは漢方医学で脾疳(ひかん)のことで乳児の腹部膨満や異常食欲などをいったが、日本では乳児の異常行動は疳の虫によって起きていると信じられ、民間の呪医(じゅい)〈まじない師〉によって虫切り封じ、疳封じなどの施術が行われた。施術の概要は乳児の手のひらに真言梵字などを書き、粗塩(あらじお)で手のひらをもみ洗いして、しばらく置いてみると指先から細かい糸状のものが出ているのが見えるといい、これが虫であるとされた

 内服薬としては江戸時代の昔からヘビトンボの幼虫を「孫太郎虫」と呼び、乾燥させて数匹を串に刺し漢方薬としたものがよく効くとして有名であった。特に奥州斎川〈宮崎県白石市〉産のものは特産とされた。

 夜泣きやかんしゃくのように西洋では病気とされていないものであっても、日本では古くから治療を要する症状であるとされており、民間宗教者の活動の舞台ともなってきた。現代では主に鍼灸(しんきゅう)治療が有効であるとされるほか、虫封じの効験あらたかとされる寺社も各地に存在する。

 宇津救命丸(うずきゅうめいがん)は、栃木県塩谷郡高根沢町に本社を置く宇津救命丸株式会社が製造・販売する乳幼児用の医薬品であり、かんの虫、夜泣き、下痢をはじめとする消化器系の不調などに効果がある。主成分に8種類の生薬を使用している。慶長2年、初代宇津権右衛門が「宇津の秘薬」として下野国〈栃木県〉に帰農した頃に創製したのが始まりであり、現在の名称は昭和6年より使用されている。かつては『金匱(きんき)救命丸』と称した。また、古くは大人向けの救急薬として使われており、特に道中薬として旅籠(はたご)などでも売られ印籠(いんろう)に入れて持ち歩いた。

 樋屋奇応丸(ひやきおうがん)は、大阪市に本社を持つ桶屋製薬が製造する乳幼児用の医薬品である。乳幼児の疳の虫、またはそれを原因とする夜泣き、下痢などに効果がある。ひらがなで「ひや・きおーがん」と表記することもある。また、かつてのパッケージの表記は「樋屋竒應丸」だった。奇応丸は一説には8世紀に唐から鑑真によってもたらされた妙薬といわれ、16世紀頃には日本各地に「奇応丸」の名を冠する複数の処方の薬が存在したともいわれるが定かではない。