序文・竹の杖
堀口尚次
しっぺい太郎は、魔物退治の犬である。日本各地の猿神退治の昔話に登場する。
粗筋は『村の神に娘を人身御供にせねばならない慣習があり、通りすがりの旅人が干渉する。
生贄を食らう〈猿の〉魔物たちが「〈遠国の〉しっぺい太郎に知らせるな」と囃したてているのを聞いて、よその国〈近江や信濃など〉からその名の犬をみつけて連れ戻り、生贄を入れて神に捧げる棺の中身を犬にすりかえて退治をはたす』というもの。猿神退治の「犬援助型」の話型とされ、対象の魔物は典型例では猿や狒(ひひ)々だが、他にも化け狸、化け猫など様々である。
また静岡県磐田市の矢奈比売(やなひめ)神社〈見付天神〉の「しっぺい太郎」伝説では、信濃の国の光前寺の犬を借り受けたとしているが、当寺では犬を「早太郎」とし、地元長野県上伊那郡の昔話でも同様に伝わっている。寛政5年に見付天神から光前寺に大般若経奉納の史実があり、これを機に創作されたとの説もある。
しっぺいは、「竹篦」〈竹製の杖(つえ)。禅宗でもちいる法具〉が充てられる和例がみられるが、この語から転訛(てんか)したのが「しっぺ返し」の「しっぺ」である。
犬名はすっぺい太郎やすっぺえ太郎、すつぺ太郎、神兵小太郎など訛った名前をはじめ、さまざまな犬名で日本各地の猿神退治の昔話に登場する。
「竹篦〈たけべら〉太郎」と呼ばれる話例もあるが、これは「竹篦〈しっぺい〉」と訓じなかったものともみられる。犬が登場しても、特に犬名がない話例もある。よその国から借り受けた犬との設定もよくみられるが、国名や地名はさまざまである。
因みに「しっぺ」は、片手の人差指と中指を揃えて振り下ろし、相手の腕や手首に叩きつける遊び。竹箆(しっぺい)〈訓読み=たけへら、禅宗で修行者への指導に用いる仏具〉が由来である。「しっぺ返し、しっぺい返し」は反撃。仕返し。
竹箆は、 仏教の指導で用いられていた竹の棒。体罰が問題になってからは、飾りとなっており、役割の一部は座禅で眠気を取るため叩く警策(きょうさく)となっている。ちなみに、子供の遊戯の「しっぺ」や、やられたことの仕返しの「竹箆(しっぺ)返し」などの語源ともなっている。