ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1000話 「蜘蛛の糸」伝説・福恩寺

序文・埋め立てられた大池

                               堀口尚次

 

 過日所用で名古屋市中区の地下鉄上前津(かみまえづ)駅を下車した際、千代田2丁目の福恩寺に立ち寄った。真宗大谷派のこじんまりした寺院だが、本堂は閉ざされていた。境内に真っ二つに切断された跡のある石碑があり、読み取りにくいが、私は「南無阿弥陀」と彫ってある様に思えた。その字体は、独特の字体で有名な徳本(とくほん)行者〈念仏聖〉のものと少し似ていて私の好奇心を駆り立てた。

 そして閉ざされた本堂の大扉に向かって合掌していると、「ギギギー」と大扉が開いてお寺の奥様とみられる女性が現れた。私はご挨拶し先程の石碑について徳本行者との関連性を訪ねるも不明とのことだった。しかし色々話している内に、福恩寺の前辺りは昔大きな池があり、あの石碑は池に身投げした人の供養塔であったと、明治期に新堀川を掘削した時に出た土で池を埋め立てたとのことで、行き場のなくなった石碑を福恩寺が引き取ったという経緯だった。

 調べてみると「蜘蛛の糸伝説と福恩寺」なるものを見つけた。以下に転記。

『元古井の浅野伝七は、今日も朝から大池に釣糸をたらし浮標(うき)を見つめていた。なかなか当りがこない。足の親指が何かおかしい、異様な感じがした。見てみると一匹の大きな蜘蛛が親指に糸をかけている。素知らぬふりをしていると蜘蛛は糸をかけ終わるや池に入り、しばらくするとまた、上がって来て、親指に糸をかける。同じことを何度も繰り返す。伝七は、大池の主は蜘蛛だという噂を思い出し、糸で池に引っぱりこまれるかも知れないと恐怖感にとらわれ、親指にかかっている糸をほどいて、釣をしている傍らに生えている柳の木の根元に結びつけた。蜘蛛は糸を柳に付け替えられたとも知らず、何度も糸をかけている。糸はしだいに太くなる。 突然、ミリミリと地を響かせて、柳の木が池の中に引き込まれていった。池にたつ水煙を見て、柳の木が自分の身代りになって助かったと思い、伝七は一目散に家に逃げ帰った。家に帰っても、震えは止まらず、熱を出して寝こんでしまった。一週間ほどして、伝七は亡くなったという。』蜘蛛の伝説の地、大池は明治四十四年に埋めたてられた。名前は町名に留められたが、その大池町も太平洋戦争により灰塵に帰した。昭和二十一年の『名古屋市焼失区域図』を見ると前津の地一帯が全て焼失している。平成十二年の地図には、大池町の町名はない。わずかに大池の名前は、公園や保育園の名前として残るだけだ。大池で水死した人の霊を祀る石碑が福恩寺ある