ホリショウのあれこれ文筆庫

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第997話 機雷爆発事件及び事故

序文・海の地雷の破壊力

                               堀口尚次

 

 名立機雷爆発事件は、昭和24年、新潟県西頸城郡名立町〈現上越市名立区〉に漂着した機雷の爆発によって、多くの小中学生を含む63人が死亡した事件である。

 太平洋戦争終結から4年後の昭和24年3月30日、名立町小泊(こどまり)の海岸に国籍不明の機雷が漂着した。この日は、風もなく海は穏やかで、大人たちは漁と畑仕事に出かけ、代わりに集落では春休み最中の元気に遊ぶ子供たちの姿が見られた。ドラム缶のような形状の赤黒い機雷は、岸から300メートルほどの位置に浮遊しているところを午後4時頃に出港した漁師に目撃されていたが、機雷とは認識されぬまま、しばらく漂流を続けた。波打ち際から7メートルのところにある「二つ岩」と呼ばれる岩場に迫ったところで、物体に付属する取っ手や突起物などから機雷ではないかと恐れた住民が、西頸城地区署〈現糸魚川警察署〉名立駐在所の巡査に通報した。駆けつけた巡査は、元海軍軍人であった自らの知識から、突起に触れると起爆する触角(しょっかく)機雷であると判断。町の東側境界にあたる鳥ケ首岬まで運び出すことを考え、同行してきた消防団長に消防団の救援を要請、近くにいた女性に機雷を船に引かせるための縄の手配を依頼した。巡査は、岩場の間際で波にかすかに動くだけとなった機雷に近づくため、ズボンの裾をまくり海中に歩みだしたが、そのとき機雷が大岩に接触。次の瞬間、爆発した。

 この爆発により、巡査や見物人ら63人が死亡した。不幸にも、騒ぎを聞きつけた子供たちが巡査の到着とともに集まりだし、避難誘導をするための時間も人手もないまま爆発を迎えたことが人的被害を増やした。死者のうち59人が未成年者だった。損壊家屋は103棟で、うち44棟が大破した〈家屋300戸が全半壊、破損家屋73戸と記述する文献あり〉。被害は広範囲に及び、機雷の破片は300メートル離れた宗龍寺わきの畑にまで飛んだものが確認されている。

 機雷が爆発により消失したことや、警戒に当たった巡査が殉職したこともあり、事故の原因となった機雷の素性は特定できなかった。太平洋戦争末期、新潟を含む日本各地には、アメリカ軍の「飢餓作戦」と呼ばれる機雷封鎖によりドラム缶型のMk25/36機雷多数が空中投下されており、アメリカ軍の機雷と推定する見方が多い。他方、日本海軍が防御用に敷設したまま掃海不能となっていた大深度係維式機雷が、老朽化のため係留ケーブルが切断して浮上流出するようになっており、本件の機雷もその一つとする見方がある。さらに、昭和24年には、ソビエト連邦製の係維(けいい)式機雷が同様に浮遊することが増え、旧日本海軍のものよりも多くなりつつあった。

 湧別(ゆうべつ)機雷事故とは、昭和17年5月26日、北海道紋別郡下湧別村〈現在の湧別町〉のポント浜に漂着した国籍不明の機雷を、爆破処理するために移動していたところ、機雷が爆発した事故である。警察官や村の警防団、見物人など112人が死亡、112名が負傷した。

 浮島丸事件は、太平洋戦争終戦の日の後の昭和20年8月24日17時20分頃に、舞鶴港京都府舞鶴市下佐波賀沖300mの地点で、日本海軍特設運送艦浮島丸〈4,730総トン、乗組員255名〉が、3,725名〈4,000人とする場合もある〉の朝鮮向けの便乗者らを乗せて舞鶴港にて触雷(しょくらい)沈没、乗組員25名〈戦死扱い〉と便乗者549名〈判明分〉の死者をだした事件である。

 女王丸遭難事件は、昭和23年1月28日、大阪港-多度津港間を結んでいた連絡船女王丸〈400トン〉が触雷により沈没した事件。単に女王丸事件とも呼ばれている。女王丸は、関西汽船が所有していた明治37年に進水した船で長さ48.9m、速力10ノット、乗客定員366人。

 機雷とは、水中に設置され、艦船が接近または接触したとき、自動または遠隔操作により爆発する兵器をいう。機雷はもともとは機械水雷の略であるが、現在はそれが正式名称となっている。機雷に関する戦闘行動は機雷戦と呼ぶ。機雷に触れることを触雷、機雷を設置した海域を機雷原(げん)または機雷堰(せき)、機雷を撤去することを掃海(そうかい)、その機能を有する艦艇を掃海艇という。機雷はその特性より、存在可能性のみで心理的に艦船の航行妨害の影響力を行使できる。

 因みに機雷は、敷設されるとまず時限時間の計時および自滅時間の計時を開始する。時限時間は敷設後すぐに起爆しないようにすることで、早期爆発で敷設艦への危害を防ぐとともに、機雷が周りの環境に対して安定する必要があるため設定されている。この後は機雷は待機状態となり目標を攻撃できるようになる。機雷が爆発などせずに自滅時間が経過すると機雷は自沈、自爆、電池の放電などによりその発火機能を失う。

名立漁港に鎮座する地蔵尊と発生地を示す石碑