ホリショウのあれこれ文筆庫

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第680話 荼枳尼天と稲荷神社

序文・お稲荷さん

                               堀口尚次

 

 荼枳尼天(だきにてん)は、仏教の神〈天〉。夜叉の一種とされる。

「荼枳尼」という名は梵語のダーキニーを音訳したものである。また、荼吉尼天、吒枳尼天とも漢字表記し、吒天(だてん)とも呼ばれる。荼枳尼“天”とは日本特有の呼び方であ


り、中国の仏典では“天”が付くことはなく荼枳尼とのみ記される。ダーキニーはもともと集団や種族を指す名であるが、日本の荼枳尼天は一個の尊格を表すようになった。日本では稲荷信仰と混同されて習合、一般に白狐(しろきつね)に乗る天女の姿で表される。狐の精とされ、稲荷権現、飯縄(いいづな)権現と同一視される。剣、宝珠、稲束、鎌などを持物とする。

 平安初期に空海により伝えられた真言密教では、 荼枳尼は胎蔵界曼荼羅(まんだら)の外金剛院・南方に配せられ、奪精鬼(だっせいき)として閻魔天の眷属(けんぞく)となっている。半裸で血器や短刀、屍肉(しにく)を手にする姿であるが、後の閻魔天曼荼羅では薬袋らしき皮の小袋を持つようになる。さらに時代が下ると、その形像は半裸形から白狐にまたがる女天形へと変化し、荼枳尼“天”と呼ばれるようになる。

 狐は古来より、古墳や塚に巣穴を作り、時には屍体を食うことが知られていた。また人の死など未来を知り、これを告げると思われていた。あるいは狐媚譚(こびたん)などでは、人の精気を奪う動物として描かれることも多かった。荼枳尼天のこの狐との結びつきが、日本の神道の稲荷と習合するきっかけとなったとされている。なお、狐と荼枳尼の結びつきは既に中国において見られる。

 近世になると荼枳尼天は、伏見稲荷本願所、豊川稲荷最上稲荷、王子稲荷〈別当 金輪寺〉のように、憑き物落としや病気平癒、開運出世の福徳神として信仰される。俗に荼枳尼天は人を選ばないといわれ、誰でも願望を成就させると信じられたため、博徒や遊女、被差別階級等にも広く信仰を集めた。

 明治政府が成立すると神仏分離政策を受け、それまで全国の寺社に荼枳尼天を勧請(かんじょう)していた愛染寺は廃寺となり、伏見稲荷荼枳尼天を祭祀することは途絶えた。また荼枳尼天を祀っていた稲荷社も多くは宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)などを祭神とする稲荷神社となった。しかし豊川稲荷最上稲荷など神仏分離を免れた寺院もあり、その後は一度廃れた鎮守稲荷を復興したり、新たに勧請する寺院も現れ、現在にいたっている。