ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1105話 旧優生保護法を成立させた立法府の責任

序文・与野党全会一致で可決

                               堀口尚次

 

 2024年7月3日最高裁大法廷は、優生保護法違憲とし国に賠償命令を下した。不正行為から20年で損害賠償請求権が消滅する「除斥期間」は「著しく正義・公平の理念に反する」として適応しなかった。

 日本は三権分立の国、この法律を成立させた立法府の責任はどうなる。

 優生保護法与野党の全会一致で立法に至った背景には、戦後の治安組織の喪失・混乱や復員による過剰人口問題、性的暴行による望まぬ妊娠〈GIベイビー〉の問題といった国内事情、昭和23年に発覚した寿産院事件〈嬰児(えいじ)=赤ちゃん の貰(もら)い子事件〉との関連性、〈法継受(ほうけいじゅ)=他国の法に基づく の観点で〉ナチス・ドイツによる優生政策・遺伝病子孫防止法〈断種法=矯正不妊手術〉が戦後の日本の法制度へ与えた影響など、様々な考察が存在する。

 優生保護法の前にあった国民優生法とは、昭和15年から昭和23年まで存在した法律である。この法律の目的は、優生政策上の見地から、健康な素質をもつ者を増やすと共に、遺伝的疾患を減らすことであった。そのために「遺伝性疾患の素質を持つ者」への不妊手術〈優生手術〉を規定し、「健全な素質を持つ者」に対しては人工妊娠中絶を制限した。

 当初、新生日本国政府は人口縮小がもたらされることを懸念して、戦時に続き産児制限に消極的な姿勢を示していた。たとえば、昭和22年に早くも加藤シヅエ議員〈日本社会党〉が産児制限の必要性を訴えたときのことである。加藤は当時の国民優生法について「軍国主義的な産めよ増やせよの精神によってできた法律。手続きが煩雑で悪質の遺伝防止の目的をほとんど達することができなかった」と批判し、「飢餓戦場に立たされている国民の食糧事情、失業者の洪水、絶無に近い医療設備など、そのどれを取っても、絶対的に必要」と主張している。これに対し、芦田均厚生大臣は「政府は産児制限を認める意向はない」との声明を発表している。また、昭和21年4月には厚生省に「人口問題研究所」が創設され、バースコントロール産児制限〉の運用にも議論が及んだ一方で、8月に河合良成厚生大臣は「政府は産児制限をすぐには合法化しない」と語っている。こうした政府の態度に業を煮やした一部の国会議員たちが、バースコントロールの合法化に向けて動き出した

 戦前から産児制限運動を主導していた馬島偶や加藤シヅエは、昭和22年6月、それぞれ「日本産児調節連盟」と「産児制限普及会」を創設。福田昌子、加藤シヅエ、太田典礼らは、衆議院議員総選挙で当選した後、日本社会党の代議士となり、1947年8月に優生保護法案を提出した。上記2つの目的のうち、母体保護の観点では、多産による女性への負担や母胎の死の危険もある、流産の恐れがあると判断された時点での堕胎の選択肢の合法化を求めた。福田らは、死ぬ危険のある出産は女性の負担だとして、人工妊娠中絶の必要性と合法化を主張するとともに、優生政策として、断種〈強制不妊手術の徹底も求めた日本社会党案はGHQとの折衝に手間取ったこともあり、国会では十分な議論がされず、いったんは審議未了となったものの、谷口弥三郎超党派議員の議員立法で、昭和23年6月12日に再提出され、参議院で先議された後、衆議院で6月30日に全会一致で可決され、7月13日に法律として発布された

 谷口弥三郎、〈明治16年 -昭和36年〉は、日本の政治家、産婦人科医師、医学者。熊本県立医学専門学校教授、久留米大学長。日本医師会会長、参議院議員〈3期〉。「不良な子孫の出生を防止する」として、優生保護法の成立に深く関わった。また、熊本県におけるハンセン病患者隔離政策の中心人物である。昭和22年には第一回参議院議員通常選挙日本進歩党から出馬して当選し、参議院議員として、社会党議員から立法の主導権を奪うかたちで優生保護法を提案した。

 谷口は国会において、精神病患者や先天性視覚障害者の増加、さらには浮浪児〈孤児〉の8割が「低脳児〈知能が低い〉」であるとして「逆淘汰〈両当事者への利益の分配が不均等になり重要な情報を持つ当事者がより多くの利益を得ること〉」の脅威を訴え、防止策として「先天性の遺伝病者の出生を抑制する」こと、また「避妊法は一般に経費の関係上、下級者、貧困者に行はれずして却て中流以上の有識者に濫用せられ、延いては国力の減退を来すに至る」と主張し、優生的な出産管理をしなければ「下級者、貧困者」の人口ばかりが増えると述べている。優生保護法ハンセン病感染症ではなく遺伝病とする誤った理解の上に、患者について「癩(らい)収容所」の所長が「その収容者に対して子孫への遺伝を防ぐために、その者の生殖を不能とする必要を認めたとき」には強制断種の対象とし、「悪質な病的性格、酒精中毒、病弱者、多産者、貧困者」も任意断種の対象とした。

私見】凡そ今日の常識では考えられない基本的人権を無視した法律がまかり通っていた。全会一致で可決したこの法案の責任は、間違いなく立法府にある。