ホリショウのあれこれ文筆庫

歴史その他、気になった案件を綴ってみました。

第88話 バイク一人旅の思い出

序文・約30年前の思い出なり。けして消えない消したくない。

                               堀口尚次

 

 働きながらバイクの免許を取り、400㏄のバイク(エリミネーター)を買って一人旅に出たのだ。20歳代半ばだと思うが、無茶な一人旅だったが、今となっては本当にいい思い出だ。あの頃は、思い立ったら行動していたように思う。後先なんか考えない!(最近は後先しか考えない・・・)

 まずは、紀伊半島最南端の潮岬、ユースホステル?に予約なしで滑り込み、話し相手も見つからず、自分では孤独なライダーを気取っていたが、ただの引っ込み思案の青年坊やでした。部屋にこもり、絵葉書を書いていたと思う。確か、流行っていたバイク主体の映画「彼女の島・彼のオートバイ」の「苦しいはずの旅が 楽しい旅にかわっていた」をもじって『苦しいはずの旅が 苦しい旅のままだ』みたいな事を書いていたと思う。もう一つの汚点として記憶に残るのは、免許取立で運転が下手な上、度胸がないときたもんだから、渋滞の自動車の脇をスイスイと抜かしていけないと云う、コントみたいな運転をしていたのだ。なんと自動車の真後ろで渋滞に巻き込まれていたのだ。(笑・泣)

 こりずにチャレンジしたのが、佐渡ヶ島一人旅、しかもテント持参の野宿旅。

新潟の直江津港からフェリーに乗ったが、フェリーで同じバイク一人旅の青年と一緒に写真とったりしたけど、男同士だし深い関係にはならなかった。佐渡ヶ島についてから、テントが張れる海岸を探した。いいところを見つけると、ビールとタバコを買い出して、舘ひろし ばりに決めようと思っていたが、「いかん!!」タバコに着ける火がない!ビールも飲んでいい気分だし、かなり迷ったあげく、なんと近くの民家に直談判する事に決める。恥ずかしい・怪しいを超越した私は、とある民家を尋ねると「マッチ貸して頂けませんか・・・?」と突撃訪問。ところがなんとそのお宅の、出て来た女性が、ライラーを「これどうぞ」と手渡してくれるではないか!私は恐縮して受け取ると、何食わぬ顔でそのお宅を後にしたが、心の中では「ご一緒にどうですか」と繰り替えしていた。更に困ったのが、蚊取り線香が無かったので、奴らの恰好の餌食となり朝までろくに眠れなかったのだ。翌日は、観光名所の佐渡のタライ船は乗れなかったが、次のフェリーを待つ人達が見守る中、タライ船の記念写真コーナーで、タライ船を漕ぐ案山子女性と腕を組んでセルフターマー写真を撮る恥ずかしい私の姿があった。

 バイクは通算で5年も乗らなかったが、その方が身の為であったように思う。それにしても、今思い出すと、恥ずかしき事の数々、今はただ反省の日々をおくるばかりだ。それにしても、佐渡でライターをくれた女性に再会したい。

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