ホリショウのあれこれ文筆庫

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第278話 フィリピン残留日本人の境遇

序文・日本人の証(あかし)

                               堀口尚次

 

 フィリピン残留日本人とは、19世紀末から第2次世界大戦終結までの間にフィリピンに渡った日本人移民の子で、戦争によって父あるいは両親と離れ離れになり、現地に残された人びとです。戦前、フィリピンに移住した日本人は、努力の末、豊かな移民社会を築きました。その数は最盛期には約3万人にものぼりました。フィリピン人女性と結婚し、家族をもった日本人も多くいました。当時日本もフィリピンも父系主義の時代。両親から生まれた子は本来日本国籍を保持していました。

 ところが日本軍の侵攻に伴い在留邦人は戦争協力を強制され、日本人移民社会は国家総動員体制に組み込まれました。隣人であり、親戚であり、同僚であったフィリピン人と、敵同士として争うことになりました。適齢期に達していた2世たちも軍人軍属として現地徴用されました。
 多くの1世が戦争で命を落とし、生き延びた1世は、日本に強制送還されました。子どもたちの多くはフィリピン人母とともに残されました。終戦時、両親ともに亡くし、文字通り、孤児となった2世も少なくありません。

戦後の反日感情の強いフィリピンで、日系2世たちは日本人であることを隠し、日本名をフィリピン名に変え、かろうじて生き延びました。教育を受ける機会に恵まれず、そのため多くの日系人家族はフィリピンの貧困層に属しています。年頃の2世女性はフィリピン人や中国人と結婚することで迫害をまぬがれ、生活の糧を得ました。夫を失った1世妻の多くも生活のために再婚しました。一方、中には夫の帰りをずっと待ち続けた人もいます。

反日感情が和らいだ80年代に入ると、日系人自らがフィリピン各地で日系人会を組織し、存在の証を求めて立ち上がりました。90年代には日本の民間ボランティアの協力で2世の身元確認や国籍確認、3世、4世の定住ビザ取得の道が開けました。90年代後半から、身元が判明した日系3世(4世)の多くが定住ビザで来日し、日本各地の労働現場で日本経済と日本人の暮らしを支えています。

 しかし、今なお身元のわからない残留2世が800人以上います。彼らは高齢で、次々に亡くなりつつあり、身元調査、戸籍回復が急がれます。

 ※認定NPO法人フィリピン日系人リーガルサポートセンターより転用

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