ホリショウのあれこれ文筆庫

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第423話 天皇機関説

序文・学者による学説

                               堀口尚次

 

 天皇機関説とは、大日本帝国憲法で確立された憲法学説で、統治権法人たる国家にあり、天皇はその最高機関として、内閣をはじめとする他の機関からの輔弼(ほひつ)〈天皇への進言〉を得ながら統治権を行使すると説いたものである。ドイツの公法学者ゲオルク・イェネリックに代表される国家法人説に基づき、憲法学者美濃部達吉らが主張した学説で、天皇主権説〈上杉慎吉らが主張〉などと対立する。

 天皇機関説においても、国家意思の最高決定権の意味での主権は天皇にあると考えられており、天皇主権や統治権総攬(そうらん)統合し掌握する者であることは否定されていない。しかしながら、こういった立憲君主との考え方は大衆には浸透していなかったようで〈美濃部の弁明を新聞で読んだ大衆の反応と、貴族院での反応には温度差があった〉、一連の騒動以後は天皇主権説が台頭し、それらの論者は往々にしてこの立憲君主の考えを「西洋由来の学説の無批判の受け入れである」と断じた。

 天皇機関説事件とは、昭和10年に起こった事件。天皇機関説が不敬であるとして攻撃された。軍事に関する天皇大権への内閣の権限を根拠付けたとし、内閣からの軍事への権限行使を排除したい軍部と、当時の岡田内閣を批判する野党が、ともに天皇機関説を攻撃することで結びついた。貴族院本会議の演説において、菊池武夫議員が、美濃部達吉議員の天皇機関説を国体に背く学説であるとして「緩慢(かんまん)なる謀叛(むほん)であり、明らかなる叛逆(はんぎゃく)になる」とし、美濃部を「学匪(がくひ)〈学問や知識で民心を惑わし社会に悪影響を及ぼす学者〉」「謀叛人」と非難し機関説排撃を決議した。これを受け美濃部が「一身上の弁明」として天皇機関説を平易明瞭に解説する釈明演説を行い、議場からは一部拍手が起こり、菊池までもがこれならば問題なしと語るに至った。しかし、再び機関説問題を蒸し返し、議会の外では皇道派が上げた抗議の怒号が収まらなかった。ただし、そうした者の中にはそもそも天皇機関説とは何たるかということすら理解しない者も多く、「畏れ多くも天皇陛下を機関車・機関銃に喩えるとは何事か」と激昂する者までいるという始末だった。

 戦後、天皇を最高機関とせず国民主権原理に基づく日本国憲法が成立するに至り、天皇機関説は解釈学説としての使命を終えた。