ホリショウのあれこれ文筆庫

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第717話 供託金の是非

序文・基本的人権に抵触するか

                               堀口尚次

 

 供託金とは、法令の規定により法務局などの供託所に供託された金銭。公職選挙において、売名泡沫候補の乱立を阻止するための制度。金額は出馬する選挙によって異なり、法定得票数に達しない得票率の場合は全額没収され、逆に落選しても一定の得票を得ると全額返還される。

 選挙における供託金は、被選挙人〈=候補者〉が公職選挙に立候補する際、国によっては選挙管理委員会等に対して寄託することが定められている場合に納める金銭もしくは債券などのことである。当選もしくは一定以上の結果を残した場合には供託金は全て返還されるが、有効投票総数に対して一定票〈供託金没収点〉に達しない場合は没収される。この場合において、法定得票と供託金没収点は一致しない〈供託金没収点は法定得票より若干少ない〉。

 衆院選参院選比例区に名簿を提出する政党・政治団体および比例区選挙を除く公職選挙の立候補者は、供託所に所定の金額を現金または国債証書により供託した上で、立候補の届出に際し供託を証明する書面を提出しなければならない。衆院選参院選比例区では名簿届出政党等が獲得した議席数に応じて供託金の全額または一定額が返還され、残額は没収される。それ以外の選挙では被選挙人の得票数が公選法92条所定の得票数供託金没収点を上回った場合には全額が返還され、下回った場合には全額が没収される。また立候補届出後に届出を取り下げた場合や立候補を辞退した場合にも全額が没収される。没収された供託金は国政選挙の場合は国庫に、地方選挙の場合は当該地方自治体に帰属する。

 供託金制度を導入している他国と比較しても、日本の供託金額は極めて高いため、立候補の権利を不当に抑制しているとの批判が根強い。そのためアメリカ合衆国やフランスなどのように「住民による署名を一定数集める」といった代替案が提案されている。また、高額の供託金制度は「立候補の自由」を保障する憲法15条1項や、国会議員資格について、財産・収入で差別することを禁ずる憲法44条の規定に反し「違憲無効である」として、いくつかの訴訟が起こされているが、裁判所は憲法47条が国会議員選挙制度の決定に関して、国会に合理的な範囲での裁量権を与えていることを指摘した上で、供託金制度は不正目的での立候補の抑制と、慎重な立候補の決断を期待するための合理的な制度であるなどとして、いずれも合憲判決を出している。

 初期の衆議院議員総選挙は立候補届出制を採っていなかったため、被選挙権さえあれば供託金はもちろん、立候補手続きさえ取らずに有権者からの投票を受けることができた。1925年の普通選挙法制定に伴い、立候補届出制に移行するとともに、売名目的での立候補を抑制しつつ、社会主義政党の国政進出を防ぐ目的もあって、当時の公務員初年俸の2倍に相当する、2,000円の供託義務が定められた。

 1950年制定された公職選挙法でもこの制度が引き継がれ、以後改正の度に金額が高騰していった。選挙公営の充実化を理由に、金額の上昇幅は物価の上昇幅よりも大きく設定された。勝算度外視でほぼ全ての選挙区に候補者を擁立していた日本共産党を除く55年体制期の主要政党〈自民・社会・公明・民社〉は、供託金を没収されることが少なく、さらに供託金額の引き上げは、新人候補や小政党の出馬を抑制する効果があるため、国会で金額引き上げを批判したのは、共産党など少数に留まった。

 日本以外の議会議員選挙においてはイギリス、カナダ、韓国、シンガポールなどにおいて供託金制度があるが、いずれも日本ほど金額は高くない。また供託金の代わりに手数料を求める国があるが、いずれも日本の供託金に比べると微々たる金額である。供託金没収点もイギリスが投票数の5%であるなど、主要先進国では日本ほどシビアでない場合が多い。カナダでは2007年に違憲判決が出され、連邦下院選で供託金が廃止されるかわりに有権者100人の署名が必要になった。

 供託金により立候補を制限するのは基本的人権である選挙権の侵害であり、国会の立法裁量には委ねられるものではないこと、不正目的での立候補を排除するには公職選挙法第221条以下の規定で事足りること、そして「売名」かどうかは国民の審判に委ねるべきだと主張している人もいる。

公職選挙法第221条「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもって選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束をしたとき」には、3年以下の懲役・禁錮又は50万円以下の罰金に処するとされている。