ホリショウのあれこれ文筆庫

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第904話 一人っ子政策の影で

序文・引き裂かれた親子

                               堀口尚次

 

 一人っ子政策中華人民共和国における産児制限政策。特に1979年から2014年まで実施された、原則として一組の夫婦につき子供は一人までとする計画生育政策を指す。

 2015年から2021年までは一組の夫婦につき子供二人までとされていたため、俗に二人っ子政策と呼ばれた。2018年時点で91万3593か所の拠点と9400万人のメンバーを持つ中国計画出産協会が取り締まっていたが、二人っ子政策も効果がほとんどなく廃止が検討され、2021年5月31日には中国共産党が一組の夫婦が三人目の子供を出産することを認める方針を示した。同年8月20日には法案が正式に可決され、今後の合計特殊出生率の大幅な向上が家計の問題で見込めないことから、中国国内で出産に関する問題は42年ぶりにほぼ正常化された。

 黒孩子(ヘイハイツ)または黒戸(ヘイフー)とは、中華人民共和国において、一人っ子政策に反して生まれたために戸籍を持つことができない子供のことである。俗称として闇っ子という表現があり、一部報道ではこの表現が用いられることもある。

 この言葉におけるは「」という意味で、これは政府の視点による言葉である。その数は数千万から数億人と言われており、実数ははっきりしていない。黒孩子は、一人っ子政策開始直後から認識されており、1982年の人口調査で既に全10億の人口中475万人〈人口比0.47%〉が把握されていた。2010年に中国国家統計局が行った人口調査では、戸籍を持たない人の数が総人口のおよそ1%にあたる約1300万人に及び、その大半が黒孩子だとみられている。黒孩子は戸籍上は存在しないため、国民として認められておらず、学校教育や医療などの行政サービスを受けることができないといった状況にある。

 背景には一人っ子政策における賞罰の明確性が挙げられる。一人っ子の時には様々な恩恵が得られるのに対し、二人以上の子どもを持つと「両親ともに昇級・昇進の停止」、「学校への優先入学権の剥奪」、「各種手当ての停止」、「高額な罰金」などの極めて大きな待遇の差が生じる。こうした不利益を避けるために、二人目以降の子供の出生登録をしないという事態が起こっている。特に、労働力を必要とする西部の農村地域ではその傾向が強いと考えられている。農村では一人っ子政策実施以降、男子の誕生を願う傾向が強化され、胎児が女子であることが分かると中絶することも多く、人口統計でも男子の誕生割合が他国に比して極めて高いという結果となって現われている。

 また、中国の一部では、子供が生まれてから数時間の間に密輸業者に売られ、その業者が中国国内の富裕層や外国へその子供たちを売り飛ばしていると言われている。例えば、福建省の北部では80年代から90年代にかけて、一万人以上の乳幼児が仲介業者に売られたとされる

 このような無戸籍者の問題解決のため中国政府は2015年対象となる約1300万人に戸籍の付与を行う方針を示した。そして問題の原因となった一人っ子政策も廃止した。

 過日NHKスペシャル「わが娘を手放した日〜中国・一人っ子政策のその後〜」を観た。政策の為に、女児を手放さざるをえなかった中国人と、アメリカ人の養子としてアメリカで育てられた中国人女児が、21年ぶりに中国で暮らす生みの親と対面を果たすドキュメンタリー番組だった。

 「一人っ子」宣言をしなかった夫婦は以下の不利益を受ける。『・超過出産費〈多子女費ともいう〉の徴収、夫婦双方賃金カット・社会養育費〈託児費・学費〉の徴収・医療費と出産入院費の自弁・昇給や昇進の停止』

 少子高齢化が明らかになっても、中国政府が一人っ子政策の廃止になかなか踏み込まなかったのは、これらの罰則によって生じる罰金が魅力的であったためとの報道もあったのである。

 日本ではかつて「間引き〈子殺し〉」があった。平安時代の『今昔物語集』に既に堕胎に関する記載が見られるが、堕胎と「間引き」即ち「子殺し」が最も盛んだったのは江戸時代である。関東地方と東北地方では農民階級の貧困が原因で「間引き」が特に盛んに行われ、都市では工商階級の風俗退廃による不義密通の横行が主な原因で行われた。また小禄(しょうろく)の武士階級でも行われた。

私見】中国の国策による「一人っ子政策」と、日本の「間引き」との関連性はないが、本来この世に生を受けて誕生するはずだった命を、人間の思惑でなかったことにしていいのか。倫理的観点からなどという青臭い問題提起をするつもりはない。ただ、今生きていることへの奇跡に感謝しかない。