ホリショウのあれこれ文筆庫

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第905話 土方歳三の小姓「市村鉄之助」

序文・14歳で新選組に入隊した若者

                               堀口尚次

 

 岐阜新聞に『土方歳三の遺品届けた新選組隊士「市村鉄之助」岐阜・大垣市に眠る 時代の波に翻弄された19年』の記事をみた。そこで調べてみた。

 市村鉄之助安政元年 - 明治6年?/明治10年?〉は、新選組隊士安政元年、美濃大垣藩士・市村半右衛門の三男として生まれる。安政5年、父が藩より追放され、親類のいる近江国国友村〈現滋賀県長浜市〉で育った。慶応3年の新選組の隊士募集で兄の辰之助と共に14歳で入隊辰之助は両長抱として、鉄之助土方歳三附属を命じられた。その後、隊士全員が江戸幕府直参に取り立てられ幕臣の身分となる。

 慶応4年1月の鳥羽・伏見の戦いにおいて旧幕府軍薩長連合に敗北し、新選組も京を離れて江戸へ撤退するとこれに従い、その後は甲陽鎮撫隊として、甲斐で官軍と戦うが大敗し再度江戸へ退く。江戸帰還後は歩兵募集に従事する。なお、この頃に兄の辰之助新選組を脱走している。流山で局長近藤勇が捕縛された後、残った隊士たちは会津、福島、仙台へと転戦し、そして蝦夷地へ到着する。

 鉄之助は土方の小姓として付き添い、土方から「頗(すこぶ)る勝気、性亦怜悧(せいへきれいり)」と評されている。明治二年5月ころ、土方の命で遺品を託され箱館から脱出。2ヵ月後に官軍の包囲を掻い潜り、土方の親戚・佐藤彦五郎家に到着した。鉄之助は約2年ほど佐藤家に滞在し、後に実家に帰って兄と再会したが、明治6年に大垣で病死した。享年20。市村家の菩提寺岐阜県大垣の全昌寺には鉄之助と思われる人物〈辰之助の息子の叔父〉が明治6年11月16日に亡くなったという記録が残っている。一説によると、鉄之助は明治20年西南戦争に西郷軍として参加し、戦死したとも言われているが真偽のほどはわかっていない。

 シリーズ累計600万部突破!大人気コミック『新撰組異聞PEACE MAKER』〈主人公・市村鉄之助〉は、黒乃奈々絵による日本の漫画、及びそれを原作としたメディアミックス作品。『月刊少年ガンガン』で連載され、2005年10月には新装版が発売された。『PEACE MAKER 鐵』は、劇場版アニメになって人気を博している。これらの影響から、鉄之助の墓があるとされる全昌寺には、熱狂的な鉄之助ファンが墓参に訪れているようだ。天国の鉄之助は勿論、土方歳三も喜んでいることだろう。