歴史
序文・鵜沼城主 堀口尚次 大沢次郎左衛門〈生没年不詳〉は、戦国時代の武将。美濃国宇留摩〈鵜沼〉城主。『寛永諸家系図伝』によれば、初め斎藤氏の臣で、妻は斎藤道三の娘という。『太閤記』には、永禄9年12月に、木下秀吉の調停によって織田信長に降り、翌…
序文・藩主を支持する領民 堀口尚次 天保義民事件は、天保11年に出羽国庄内藩主酒井忠器らに出された三方領知替えに対して、庄内藩の領民が反対運動を展開した事件。「天保国替事件」「天保義民一揆」などとも呼ばれる。 天保11年11月、庄内藩主酒井忠器は江…
序文・ローマ貴族となった侍 堀口尚次 支倉常長(はせくらつねなが)〈元亀2年‐元和8年〉は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての日本の武将〈仙台藩伊達氏家臣〉。幼名は與市、初名は六右衛門長経、キリスト教洗礼名はドン・ヒリッポ・フランシスコ・ハセ…
序文・出世競争 堀口尚次 陣借りは、合戦において、正規軍ではない勢力が自費で駆けつけ参加する事。 報酬が約束された正規兵ではないので、たとえ戦に勝利・貢献しても報奨を確実にもらえるわけではなく、兵糧・武器などの補給が約束されるわけでもない。い…
序文・頑固一徹 堀口尚次 稲葉良通(よしみち)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。斎藤氏、織田氏、豊臣氏の家臣。美濃国曽根城主。安藤守就、氏家直元と併せて西美濃三人衆と併称された。 号は一鉄。江戸幕府第3代将軍・徳川家光の乳母となり権勢…
序文・壇ノ浦での最期 堀口尚次 平知盛(とももり)は、平安時代末期の平家一門の武将。平清盛の四男。母は継室の平時子で、時子の子としては次子となる。同母兄に平宗盛、同母妹に平徳子がいる。世に新中納言と称された。 仁平2年、父清盛35歳の時に継室・時…
序文・無念の自刃 堀口尚次 織田信孝は、安土桃山時代の武将、大名。織田信長の三男。伊勢国北部を支配していた豪族〈国衆〉神戸(かんべ)氏の養子となり、第8代当主となったため、神戸信孝とも名乗った。 広く知られた伝承では、嫡男・織田信忠の生母・生駒…
序文・仇討列女 堀口尚次 関の小万(こまん)〈明和4年ごろ - 享和3年〉は、久留米藩有馬氏の家臣の遺児。伊勢国の亀山藩〈現在の三重県亀山市〉に生まれた。女児でありながら父の仇討ちを成し遂げた仇討烈女として知られ、その仇討ちにかける意気込みは「鈴鹿…
序文・子孫は源氏~徳川の家臣として活躍 堀口尚次 長田(おさだ)氏は、日本の氏族。著名なのは平安時代に三河国で勢力を伸ばした一族で、武家。本姓は桓武平氏の一流である良兼流あるいは良正流を汲む氏族。良兼の孫致頼の代に長田を称して、尾張国に勢力を…
序文・源氏の大将の最期 堀口尚次 鎌田政清は、平安時代末期の武将。名は正清、正家、政家とも。藤原秀郷流首藤氏の一族で、相模国の住人鎌田権守通清の子。 源義朝の第一の郎党。政清の母が義朝の乳母であり、義朝と同い年だったため乳兄弟として最も信頼さ…
序文・織田一族の宿命 堀口尚次 織田信行は、戦国時代の尾張の武将。同時代史料に見える諱は信行ではなく、信勝(のぶかつ)、達成(みちなり)、信成(のぶなり)である。父は織田弾正忠家の織田信秀、母は土田御前で織田信長の同母弟である。 信行は、父の信秀の…
序文・謎に満ちた生い立ち 堀口尚次 親鸞〈承安3年 - 弘長2年〉は、鎌倉時代前半から中期にかけての日本の僧。親鸞聖人と尊称され、鎌倉仏教の一つ、浄土真宗の宗祖とされる。 親鸞は、自伝的な記述をした著書が少ない、もしくは現存しないため、その生涯に…
序文・平清盛の甥 堀口尚次 平康頼(たいらやすより)は、平安時代の武士。信濃権守・中原頼季の子。官位は六位・左衛門大尉。後白河法皇の近習として北面に仕える。平判官入道と称された。 明経道の家柄である中原氏に生まれる。10代で平保盛〈平清盛の甥〉の…
序文・桶狭間の戦い 堀口尚次 毛利良勝は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。織田氏の家臣。通称は新介、後に新左衛門。 尾張国の出身というが、出自については不明。織田信長に馬廻として仕えた。小姓であったとする説もある。 永禄3年、桶狭間の戦…
序文・かずこ→まさこ 堀口尚次 徳川和子(まさこ)〈慶長12年 - 延宝6年〉は、日本の第108代天皇・後水尾天皇の皇后〈中宮〉。明正天皇の生母。徳川秀忠の娘〈五女〉で、徳川家康の内孫。女院号は東福門院。諱の訓は始め「かずこ」であったが、入内(じゅだい)…
序文・明治天皇の御製 堀口尚次 明治天皇は和歌を好み、多くの御製を遺している。その数は、九万三千首余り といわれる。日露戦争直前に戦争回避と平和を望んだこの御製(ぎょせい)はのちに、孫の昭和天皇が1941年〈昭和16年〉、日米開戦の回避を切望するにあ…
序文・榎本武揚の助命 堀口尚次 黒田清隆〈天保11年-明治33年〉は、日本の陸軍軍人、政治家。明治21年から明治22年にかけて第2代内閣総理大臣を務めた。 薩摩藩士として、幕末に薩長同盟のため奔走し、明治元年から明治2年の戊辰戦争に際しては北越から庄内…
序文・何の因果か 堀口尚次 脇坂安照は、江戸時代中期の大名。播磨国龍野藩の第2代藩主。龍野藩脇坂家4代。官位は従五位下・淡路守。元禄14年、江戸城中で浅野長矩が吉良義央に斬りつける赤穂事件が発生すると、この事件の処理に際し、赤穂藩の隣接藩の藩主…
序文・悲運は吉良側にもあった 堀口尚次 吉良義周(よしちか)は、江戸時代前期の高家旗本。米沢藩4代藩主・上杉綱憲の次男として生まれ、祖父である吉良義央〈上野介〉の養子となり高家吉良家を継ぐが、元禄15年12月14日の赤穂事件で、赤穂浪士らに義央を討た…
序文・真実は闇の中へ 堀口尚次 寺坂信行〈寛文5年 - 延享4年〉は、江戸時代前期の人物。赤穂浪士四十七士の一人。通称は吉右衛門。元禄赤穂事件の生き残りとして知られている。 元禄14年3月14日、主君・浅野長矩が江戸城松之大廊下で吉良義央に刃傷に及んで…
序文・殿中でござる 堀口尚次 梶川頼照は、江戸時代前期の旗本。赤穂事件の発端において浅野長矩が吉良義央に対し江戸城内で刃傷に及んだ際、長矩を取り押さえた人物である。事件の詳細を『梶川日記』に書き残している。事件に関する頼照の記述は現代語訳で…
序文・李登輝 堀口尚次 李登輝(りとうき)〈1923年 - 2020年〉 は、中華民国〈台湾〉の政治家、農業経済学者、宣教師。第4代中華民国総統〈7期途中昇格・8期・9期、1988年 - 2000年〉。コーネル大学農業経済学博士、拓殖大学名誉博士。信仰する宗教は台湾基督…
序文・任侠最大の大出入り 堀口尚次 荒神山の喧嘩は、慶応2年4月8日に伊勢国荒神山〈現三重県鈴鹿市高塚町観音寺〉で起きた博徒同士の私闘。任侠史最大の大出入りといわれている。講談の神田伯山、浪曲の広沢虎造の次郎長伝で有名。ともに伊勢の博徒である神…
序文・道成寺 堀口尚次 安珍・清姫伝説とは、紀州道成寺にまつわる伝説のこと。思いを寄せた僧の安珍に裏切られた清姫が蛇に変化して日高川を渡って追跡し、道成寺で鐘ごと安珍を焼き殺すことを内容としている。そしてこの男女は因縁のまま輪廻転生するが、…
序文・太皇太后 堀口尚次 藤原宮子〈684年前後? - 天平勝宝6年〉は、文武天皇の夫人で第45代聖武天皇生母。第46代孝謙天皇〈第48代称徳天皇〉祖母。藤原不比等の長女で、母は賀茂比売。聖武天皇の皇后である異母妹・光明子〈光明皇后〉とは、義理の親子関係…
序文・清水次郎長の兄弟分 堀口尚次 吉良の仁吉(にきち)〈二吉とも書く。本名:太田 仁吉、天保10年 - 慶応2年〉は、清水次郎長の兄弟分として幕末期に活躍した侠客。 三州吉良横須賀〈現・愛知県西尾市吉良町〉に没落武士の子として生まれた。無口だが腕っ…
序文・浅井三姉妹 堀口尚次 常高院(じょうこういん)〈永禄13年 - 寛永10年〉は、戦国時代から江戸時代前期の人物。若狭小浜藩の藩主京極高次の正室。本名は浅井初で、一般に「初」の呼び名で知られる。浅井三姉妹の一人。父は近江国小谷城主・浅井長政、母は…
序文・郡上の悲劇 堀口尚次 石徹白(いとしろ)騒動は、江戸時代中期の宝暦年間に美濃郡上藩〈現岐阜県郡上市〉が管轄していた越前国大野郡石徹白村〈現岐阜県郡上市〉で発生した大規模な騒動であり、騒動の中、石徹白の約三分の二にあたる500余名が追放され70…
序文・将軍追放 堀口尚次 三好政権は、天文18年から永禄11年まで存在した、戦国時代の日本の武家政権である。同時代における他の戦国大名の地方政権とは大きく異なる中央政権であったと言われる。そのため、織田政権に先立つ統一政権の先駆的な存在であると…
序文・飄逸 堀口尚次 前田利益は、戦国時代末期から江戸時代初期にかけての武将。通称は宗兵衛、慶次郎で、前田慶次という呼び名で知られる。尾張荒子城主前田利久の養子。義理の叔父で利久の家督を継いだ前田利家に仕え、のちに上杉景勝に仕えた。武術に優…